黒柳徹子
2025年09月02日
きこりのテレビ日記 #253
8月31日(日曜日)くもり 16度→20度
6時45分起床。
久しぶりに結構ぐっすり寝たかも。
布団を夏用の麻毛布から、冬用の薄い羽毛布団に変えたせいかしら。
昨夜は9時半に寝たし。いろんな夢見たけど忘れちゃった。
本日の出勤はミー太だけ。

「気をつけるんだよ〜ケンカしちゃダメだよ〜」と
声をかけるも、クールに出かけるミー太。

涼しい気温なので久しぶりに雑草取り。
2時間半頑張った (´Д`υ)
雑な抜き方だけど、猫が通りやすくはなったかな。
Before

After

24時間テレビ48 ドラマスペシャル『トットの欠落青春記』(録画)(日本テレビ)
いや〜面白かったワ!続きもこのキャストの皆さんでお願いしたい!
試験もほとんど書けず、二次試験の早口言葉も失敗、面接では失礼なこと連発しちゃったけど「合格」。それは徹子(芦田愛菜)が「無色透明」だから。
「我々と一緒にゼロからテレビジョンの歴史を作っていきませんか?」
素敵なプロポーズ(笑
徹子の個性をテレビジョン向きと判断した面接官達も粋だね。ま、あの度胸の良さというか、明るさと前向きさ、どんなことでも面白がって受け止める素直さ、柔軟で強いエネルギーがテレビジョンには必要だったんだね。徹子は「自分には欠落がある」って泣いていたけど、なんと魅力的な欠落であることか。
そんな徹子を育んだのは、これまたどんな徹子でも肯定し、受け止め、信じて応援してくれる母・朝さん(尾野真千子)。生まれた時から朝さん(とパパもね)の愛に包まれ、そそがれ続けた光は、徹子の中で尽きることのないエネルギーの泉となり、願い通り日本全国の人を笑顔にするようになった。
芦田愛菜さんの「黒柳徹子」は全く邪心がなく、天真爛漫(コレが難しい。演じる人によっては逆にその人自身のいやらしさが出てしまう)。健やかで伸びやか。軽やかだけど揺るがない存在感が伝わってくる徹子さんだった。24時間TVも、中のドラマもほぼ見なくなってウン十年・・・( ̄▽ ̄;) 見て良かったわ〜
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6時45分起床。
久しぶりに結構ぐっすり寝たかも。
布団を夏用の麻毛布から、冬用の薄い羽毛布団に変えたせいかしら。
昨夜は9時半に寝たし。いろんな夢見たけど忘れちゃった。
本日の出勤はミー太だけ。

「気をつけるんだよ〜ケンカしちゃダメだよ〜」と
声をかけるも、クールに出かけるミー太。

涼しい気温なので久しぶりに雑草取り。
2時間半頑張った (´Д`υ)
雑な抜き方だけど、猫が通りやすくはなったかな。
Before
After
24時間テレビ48 ドラマスペシャル『トットの欠落青春記』(録画)(日本テレビ)
いや〜面白かったワ!続きもこのキャストの皆さんでお願いしたい!
試験もほとんど書けず、二次試験の早口言葉も失敗、面接では失礼なこと連発しちゃったけど「合格」。それは徹子(芦田愛菜)が「無色透明」だから。
「我々と一緒にゼロからテレビジョンの歴史を作っていきませんか?」
素敵なプロポーズ(笑
徹子の個性をテレビジョン向きと判断した面接官達も粋だね。ま、あの度胸の良さというか、明るさと前向きさ、どんなことでも面白がって受け止める素直さ、柔軟で強いエネルギーがテレビジョンには必要だったんだね。徹子は「自分には欠落がある」って泣いていたけど、なんと魅力的な欠落であることか。
そんな徹子を育んだのは、これまたどんな徹子でも肯定し、受け止め、信じて応援してくれる母・朝さん(尾野真千子)。生まれた時から朝さん(とパパもね)の愛に包まれ、そそがれ続けた光は、徹子の中で尽きることのないエネルギーの泉となり、願い通り日本全国の人を笑顔にするようになった。
芦田愛菜さんの「黒柳徹子」は全く邪心がなく、天真爛漫(コレが難しい。演じる人によっては逆にその人自身のいやらしさが出てしまう)。健やかで伸びやか。軽やかだけど揺るがない存在感が伝わってくる徹子さんだった。24時間TVも、中のドラマもほぼ見なくなってウン十年・・・( ̄▽ ̄;) 見て良かったわ〜
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2016年06月12日
「トットてれび」 第6話 私の兄ちゃん・渥美清
昭和54年(1979年)、『徹子の部屋』新春放談からスタート。
ゲストは兄ちゃんこと渥美清(中村獅童)。
駄菓子屋のおばあちゃん(黒柳徹子)も神妙な顔でテレビを見つめておりますョ〜。
二人の出会いは24年前(1955年)。
徹子(満島ひかり)がNHKの専属女優になってから2年後のことだね。
ストリップ劇場の芸人だった渥美はテレビ局の勝手がわからない。
靴を脱いでスタジオに入り、徹子に驚かれていたぞ。
『下町出身の渥美さんは山の手ふうに育ったトットちゃんとは正反対。
でも、テレビの世界では同級生だった。
今日はトットちゃんが兄ちゃんと呼んでいた渥美清さんのお話』
大好きな渥美清さん。
彼は仕事とプライベートとを厳格に分けていた。
何十年も共演した「とらや」のメンバーはもちろん、
数少ない芸能界の友人である徹子やストリップ小屋時代からの仲間関敬六にすら
自宅も連絡先も教えなかったらしい。
彼の死が発表されたのは家族だけの密葬を終えたあと。
喜劇俳優は画面の印象とは正反対に物静かで孤独を好む人が多いという。
演じている自分と本来の自分、その距離をコントロールし、自分なりに納得のいく仕事を続けていくために選んだ方法だったのでしょう。
渥美清が全うした『車寅次郎』という役、最初は演じることに葛藤もあったようですが、彼はこの人物を最期まで守ろうとした。
その思いは彼より外に知る人はいないでしょうが、車寅次郎を守る中で捨ててこなければならなかったものへの思い、生まれてしまった苦しみが『車寅次郎』をさらに魅力的に味わい深い男へと変えていったと思うのです。
冗談ばかり言って人を笑わせるのが大好きで、人懐っこくて、困っている人をほっとけないのに自分の面倒も見られない。
身内に迷惑ばかりかけている、どうしようもない男。
恋に落ちても、毎度、勘違いの末、失恋。いつも同じことの繰り返し。
観客はバカだねぇ・・と呆れ、笑いながら車寅次郎を心から愛した。
時代が流れ、テキヤという商売も、全国を転々としながら人々と触れ合い思い出を残して行くという生き方が時代とかけ離れてしまっても、人々は「車寅次郎」を求めたし、彼も応えようとした。
渥美清さんの病気のことは知りませんでしたが、「男はつらいよ」は徐々に満男の話がメインとなり、画面の中の「寅さん」は明らかに痩せてパワーを失って行った。
見るのが辛かったし悲しかった。
渥美さんの死が発表された時、いろんな事情があったにせよ、そんな彼を映画に引き留め続けた山田洋次監督を私は憎んだ。
でも、それは渥美清さん自身も望んだことだったのでしょう。
「男はつらいよ」は50作まで創られる予定だった。
最終作のマドンナは幼稚園の園長役の徹子さんで、そこの用務員をしている寅さんが 園児たちと遊んでいるうちに死んでしまう。
その後、町の人達が寅さんを偲んで地蔵を建てるという話だったそうな。
ちゃんと映画の中で寅を死なせてやりたい。
それまでは死んでも死ねない、そう思って病の中でも渥美さんは
次回作の準備をしていたのかもしれません。
幻の第50作目、見たかったなぁ・・・
HPはこちら

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ゲストは兄ちゃんこと渥美清(中村獅童)。
駄菓子屋のおばあちゃん(黒柳徹子)も神妙な顔でテレビを見つめておりますョ〜。
二人の出会いは24年前(1955年)。
徹子(満島ひかり)がNHKの専属女優になってから2年後のことだね。
ストリップ劇場の芸人だった渥美はテレビ局の勝手がわからない。
靴を脱いでスタジオに入り、徹子に驚かれていたぞ。
『下町出身の渥美さんは山の手ふうに育ったトットちゃんとは正反対。
でも、テレビの世界では同級生だった。
今日はトットちゃんが兄ちゃんと呼んでいた渥美清さんのお話』
大好きな渥美清さん。
彼は仕事とプライベートとを厳格に分けていた。
何十年も共演した「とらや」のメンバーはもちろん、
数少ない芸能界の友人である徹子やストリップ小屋時代からの仲間関敬六にすら
自宅も連絡先も教えなかったらしい。
彼の死が発表されたのは家族だけの密葬を終えたあと。
喜劇俳優は画面の印象とは正反対に物静かで孤独を好む人が多いという。
演じている自分と本来の自分、その距離をコントロールし、自分なりに納得のいく仕事を続けていくために選んだ方法だったのでしょう。
渥美清が全うした『車寅次郎』という役、最初は演じることに葛藤もあったようですが、彼はこの人物を最期まで守ろうとした。
その思いは彼より外に知る人はいないでしょうが、車寅次郎を守る中で捨ててこなければならなかったものへの思い、生まれてしまった苦しみが『車寅次郎』をさらに魅力的に味わい深い男へと変えていったと思うのです。
冗談ばかり言って人を笑わせるのが大好きで、人懐っこくて、困っている人をほっとけないのに自分の面倒も見られない。
身内に迷惑ばかりかけている、どうしようもない男。
恋に落ちても、毎度、勘違いの末、失恋。いつも同じことの繰り返し。
観客はバカだねぇ・・と呆れ、笑いながら車寅次郎を心から愛した。
時代が流れ、テキヤという商売も、全国を転々としながら人々と触れ合い思い出を残して行くという生き方が時代とかけ離れてしまっても、人々は「車寅次郎」を求めたし、彼も応えようとした。
渥美清さんの病気のことは知りませんでしたが、「男はつらいよ」は徐々に満男の話がメインとなり、画面の中の「寅さん」は明らかに痩せてパワーを失って行った。
見るのが辛かったし悲しかった。
渥美さんの死が発表された時、いろんな事情があったにせよ、そんな彼を映画に引き留め続けた山田洋次監督を私は憎んだ。
でも、それは渥美清さん自身も望んだことだったのでしょう。
「男はつらいよ」は50作まで創られる予定だった。
最終作のマドンナは幼稚園の園長役の徹子さんで、そこの用務員をしている寅さんが 園児たちと遊んでいるうちに死んでしまう。
その後、町の人達が寅さんを偲んで地蔵を建てるという話だったそうな。
ちゃんと映画の中で寅を死なせてやりたい。
それまでは死んでも死ねない、そう思って病の中でも渥美さんは
次回作の準備をしていたのかもしれません。
幻の第50作目、見たかったなぁ・・・
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