鈴木るりか

2019年08月28日

『さよなら、田中さん』鈴木るりか著

 いや〜5、6年ぶり?7,8年ぶり?に小説を読みましたよ。
なんか小説が読めなくて(家にあるものを再読はしていたんだけど新しいものは買ってもなぜか読めなかった。実用書とかノンフィクション的なもんばかりになってた)
もう新しい小説は読むことないのかもな・・なんて思ってたさ( ̄▽ ̄;)

 この本はどこかで講評でも読んだんだったか。
メモしておいたのを図書館で借りてきました。
久しぶりにページを捲るわくわくと、読むのが止められない興奮を味わいました。
そして読み終えたあとの充実感と寂しさ。余韻に浸る幸せ。
懐かしい感覚。

 5編からなる短編集なのですが、そのうちの2作品は著者が小学生4年生と6年生の時に書き「12歳の文学賞」で大賞受賞作品を改稿したもの。
読む前は、早熟な才能・・・きっと鋭いナイフのような・・
あるいは少女の冷めた目で大人を?・・・なんて思ったりしていたのですが

 あるがままを受け入れる力強さと柔らかい目線の心地よさ。
穏やかな光の中にいるような絶妙の軽さとぬくもりを感じました。
そして登場人物一人一人、地に足がついてるから言葉が生きている。

 すごいなぁ・・・作家に年齢は関係ないんだね。
わたしゃ、すっかりファンになっちまったよ。
って、ツイッターじゃタイトル間違ってつぶやいちまって、
『ヤバ!!』と、すぐ削除したけどさ( ̄▽ ̄;)

 どの作品も小学生の花実と工事現場で働いているお母さんとの日常をベースに
花実が出会った人生の事件が描かれている。

お父さんは亡くなったと言われているが、どうもはっきりしない。
お母さんは自分についても父親についても語ろうとしないし
訳ありなのを感じて花実も訊ねなくなっている。

「いつかどこかで」

 自分の父親の謎、偶然関わってしまった友達の優香ちゃんとお父さん(お母さんが離婚して再婚したため何年も会っていなかった)の再会、その後日談。

 読みながら、あ〜私も小学生の頃の方がもっといろんなことが見えていたかも・・なんて思ったよ。
現象を正確に見て、その奥にあるものも感じられた。
しょーもない自我が拡大して感覚がにぶくなっちゃったのかしらね( ̄▽ ̄;)

 子供というのは自分が子供だということを知っている。
花実の小学6年生という時期は、子供でありながらいずれ大人になっていくことがわかっている、子供と大人の世界どちらもクリアに見られる時期なのかもしれないなぁ。

 「花も実もある」

 母の再婚話と、その顛末。

 悩みがありながらも花実の日々はどこか軽やか。
多分、お母さんとの生活で生きる力を蓄えてきたから。
大人の事情に直面しながらも花実からは未来への不安よりも、受け入れながら歩いていくのだという覚悟のようなものが伝わってくる。

 大家さんの息子でニートの賢人との関わりは風で羽毛が動くような緩やかなものだったけれど、二人の人生の点と点がきれいの重なる様子にじわっときたよ。
親子で桃の花見に行ったことを思い出し涙を流す賢人に、人は一瞬でもいい、
心から感動した幸せな瞬間があれば、必ずまた歩き出せるんだな・・と思った。
美しい思い出が種となって、その人の心に根付き、いつかは必ず花が咲くんだと。

さよなら、田中さん14歳、明日の時間割

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matakita821 at 19:41|PermalinkComments(6) このエントリーをはてなブックマークに追加