矢沢永吉

2025年08月26日

きこりのテレビ日記 #251

 8月24日(日曜日)晴れ 21度→30度

 6時起床。
早起きして雑草取りしようと思っていたが、すでに陽ざしがまぶしい。現在22度だが〜猫達を外に出した後、掃除機かけただけで汗だく。やっぱ今日も家に籠っていよ。

 21時 TBS 日曜劇場『19番目のカルテ』第6話 最期への旅路


 肺がんステージ�犬如�病状も余命宣告も受け入れている半田辰(石橋蓮司)さんのターミナルケアを受け持つことになった滝野先生(小芝風花)。

「カッコよく死にたいんです。
映画に出てくるスターみたいに」


 半田さんはカッコ良く死んだと思うよ。
ご家族が悩みながらも半田さんの気持ちを尊重し、自宅で看取る道を選んだのは、半田さんが父として愛されていたからだよね。そして人間としても職人としてもたくさんの人に信頼されていた。最後にそのことと、感謝を伝えられる時間があって良かったと思う。

 そして滝野先生に『死ぬこと』と『生きること』を教えて去っていった。
あまりにも距離が近くなりすぎて、半田さんが亡くなったら泣いちゃって仕事どころじゃなくなるんじゃないの?と心配したけれど、滝野先生は冷静に医師の務めを果たして、半田さんを見送った。頑張って死亡判定し、ご家族にしっかり伝える責任感を全うした。立派だったよ。短いけれど半田さんと過ごした日々、そして半田さんという存在を滝野先生は忘れないだろうなぁ。


 8月25日(月曜日)くもり 18度→23度

 6時10分起床。今朝は寒いかも。
憂鬱な月曜日。「燃えるゴミ」の日だけどサボっちゃった。

 『日曜日の初耳学』インタビュアー林修 矢沢永吉の回(録画)(TBS)


 いや〜永ちゃんはカッコいいわ〜
推しってほどじゃないけど、テレビに出ていたら必ず見てしまうよ。
永ちゃんの歌には、大げさに言うとこっちの魂を揺さぶるような思いと熱さがある。そういう熱いの基本好きじゃないんけど、無心に聞き入らせてしまう力がある。

 どんなに素敵な方でも、こういうバラエティやトークショーに出ると、アレ・・・ちょっと違ったみたい・・的ガッカリ感で、サーーーッと興味が引いていく場合あるんだけど(私だけ?)、ちょっと前に出演されたオダギリジョーさんもだけど、永ちゃんも、そんなこと一切なく、何を話そうとどんなリアクションをしようと、どこで切っても『矢沢永吉』。『矢沢永吉』100%。それはイメージを守ろうとしているとかではなく、自分を信じ、『矢沢永吉』という人間を日々創造し、貫き通した結果、見える姿なんだろうな。

 永ちゃんのことが好きなのは、お金の計算もちゃんとできるってのもある。権利を主張するだけでなく、主張するための道を創り、整えるところもスゴイ。借金も完済しているしよゞ( ̄∇ ̄;)ヲイヲイ

 よく芸能人やタレントさんで、お金のことはわからないので〜〇〇に任せています〜とか、知識もないのにいきなり商売に手を出して大損する人いるけれど、アホなんじゃ・・と思う。自分で管理できないなら手を出すなよ!と思ふ。成功しているのに、知りませんでした〜とか言って税金や年金払わないヤツも嫌い。

 矢沢永吉、75才。
まだまだ走り続けて欲しいなぁ。

 このブログ内のまだガキんちょで永ちゃんの凄さがわかっていなかった頃の思い出

 
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matakita821 at 19:15|Permalink│Comments(0)│ このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年03月12日

「僕の音盤青春記 1971〜1976」牧野良幸

 さて、私など音楽に関しては「これはスキ」「これはキライ」ぐらいの
感想しか言えないし、ましてやミュージシャンに関して語ろうなんて
大それた事思ったこともないし、CDなんて一年に一回買うかどうかという程度の者だ。

 だから、夫が出張先で買って来たこの本がトイレに置いてあっても
(夫はほとんどの本をトイレで熟読してる)関係ないや・・と思ってたのですが、
トイレで何も読むものがなかったんで、ちょっとペラペラと見ていたら
止まらなくなってしまったではありませんか・・・

 簡単に言うと、中学二年生(1971年)から高校三年生(1976年)までの間に
作者が出会った音楽とその周辺の話を一年ごとの章に分けて書いてあります。
ビートルズ、サイモンとガーファンクル、プレスリーやピンク・フロイドとの出会い、
歌謡曲からクラッシック、ジャズまで・・
音楽を語るのに構えることなんてなかったんだな〜と教えてくれる嬉しいラインナップです。

 作者自身による挿絵がまた味わい深くて、丁寧な大人の絵日記のようです。
音楽に関してだけ語っていたなら、私も1,2ページで読むのをやめたでしょうが
70年代の学生生活(東京じゃなくて愛知県岡崎というのも入り込みやすかった)、
や日常の風景の中にどんなふうに音楽が入ってきたかを絡めて書いてあるので
興味深く読めましたよ〜

 友人との音楽情報の交換、クラッシックの聞き方を教えてくれた友人、
大人の文化をもたらしてくれた兄貴とその友人のこと、
レコードの買い方、初めてのコンサート、
親へのおねだり(ステレオ、オープンリールデッキ他)、
ロック好きが高じてピアノを習い始めたこと、
高校の友達で作ったスケベ隊の活動・・・地味だけど田舎の学生の生活って
こんなもんだよな〜としみじみ伝わってきます。

 現在もCDジャーナルに連載中ですので、気になった方は
立ち読みしてみたらいかがでしょう・・

 私の音楽の思い出と言えば・・・・
作者も書いていますが「キャロル」でしょうか。

 今までに出会ったことのないかっちょいい不良キャラ、
ノリが良くてパンチのある歌と曲に真面目中学生だった私もすっかりまいっておりました。解散コンサートもTVに張り付いて見てましたよ〜

 そして、キャロル解散後の永ちゃんが、何と我が町にもやってくることになったのです。こんなド田舎になぜ?!と、ちょっと永ちゃんがかわいそうになったもんです。

 友人達とドキドキしながら(男子はもちろんリーゼント)、
永ちゃんのソロコンサートに行きましたよ。
その頃はまだタオルとか売ってなかったと思うな〜

 で、出てきた永ちゃんは・・・
銀色のジャンプスーツみたいのを着てクネクネと歌っていました・・・
何か違う・・こんなの永ちゃんじゃないやい・・・
すごくショック受けて帰ったのを憶えています。
初めて行ったコンサートだったかもしれません。

 「僕の音盤青春記 Part2 1976 - 1981」の記事



matakita821 at 15:40|Permalink│Comments(4)│ このエントリーをはてなブックマークに追加