2026年04月23日
「魯山人のかまど」第4話(最終話) 冬編
「山に春の気配が満ちてきたワ・・・
『春はあけぼの
ようよう白くなりゆく山ぎわ
すこしあかりて
むらさきだちたる雲の
細くたなびきたる』
あぁ・・・」
先生の『あぁ・・』は、
ため息なのか、絞り出す気力なのか。
人生の冬を迎えて、ほっとしたのもつかの間。
また春がやってくる。
五感で感じる始まりの予感。
魯山人先生は、その春を持て余しているのだろうか。
それともまた巡ってきた春から始まる季節の移ろいを生き切ろうと思えたんだろうか。
ひとりでいること。
北大路魯山人であること。
春の匂いと気配に戸惑いつつ、
今日も先生は己と戦いながら生きている。
石油王のロックフェラー三世(サイモン・ペッグ)と奥様が魯山人先生(藤竜也)を訪問。呼び出されたヨネ子(古川琴音)が料理を手伝い、お迎えした。
いやいやいやいや、ヨネ子さん、料理人じゃないんだからさ〜と思ったけど、先生は「上手はいらん。丁寧にやればええんや」と任せた。
「きれいにそろいません・・」ヨネ子
「そろえんでええ。
畑に揃ったもんなんかないやろ。
自然から学びや。なぁ・・・」
先生のそばにいて、言葉を受けとめ、ともにいる。
それだけでどれだけ多くの滋養がヨネ子の中に沁みてくるか。
先生の料理への向きあい方も時とともに変わってきたんだと思う。
小説家の書くものがその人自身であるように、
先生にとっての料理も先生自身の作品。
最高の素材を使って、最上の感覚を持つ料理人の腕で提供される料理。
若い頃の魯山人先生にとって、それは勝負だったのかもしれない。
でも今の先生は、ひとつの空間の中で、作った者と食べる者という関係で終わらず、食に向き合いながらお互いが創り上げる時間と心の動きを大切にしているように思う。
一期一会と言ってもいい特別な時間を共有したいと願っている。
ロックフェラー夫妻は、この魯山人の心がわかる本物の人間だった。
出されたものを心も舌も素直に受けとめ、五感を広げ味わう。その瞬間、瞬間に生まれた感覚を大切に生きている人たちに見えた。
ごはんの味は日本人の心そのもの。
時間による香りや味わいの繊細な変化にもしっかり向き合ってくれた。
心もお腹も満足し、寄り添って眠る夫妻を見ていると、こちらも笑顔になってしまったよ。自然なふるまい、それこそが先生の望みだもんね。
「質問があります。
なぜご飯を三回に分けたのですか?」
「最初にお出ししたのは、
はしりと言いまして、
生れたばかりの清いものです。
二番目のは、
さかりと言って働き盛り。
そして最後のは、
なごりと言います。
年齢を重ねたものです。
老いたご飯も味があって、いいもんでしょう?」
「ご飯の一生を頂いたのですね」
「老いも、またよし。
老いも死も恐れるものではありません」
お互いにとって美しく、特別な、忘れられぬ時間になったと思う。
『春はあけぼの
ようよう白くなりゆく山ぎわ
すこしあかりて
むらさきだちたる雲の
細くたなびきたる』
あぁ・・・」
先生の『あぁ・・』は、
ため息なのか、絞り出す気力なのか。
人生の冬を迎えて、ほっとしたのもつかの間。
また春がやってくる。
五感で感じる始まりの予感。
魯山人先生は、その春を持て余しているのだろうか。
それともまた巡ってきた春から始まる季節の移ろいを生き切ろうと思えたんだろうか。
ひとりでいること。
北大路魯山人であること。
春の匂いと気配に戸惑いつつ、
今日も先生は己と戦いながら生きている。
石油王のロックフェラー三世(サイモン・ペッグ)と奥様が魯山人先生(藤竜也)を訪問。呼び出されたヨネ子(古川琴音)が料理を手伝い、お迎えした。
いやいやいやいや、ヨネ子さん、料理人じゃないんだからさ〜と思ったけど、先生は「上手はいらん。丁寧にやればええんや」と任せた。
「きれいにそろいません・・」ヨネ子
「そろえんでええ。
畑に揃ったもんなんかないやろ。
自然から学びや。なぁ・・・」
先生のそばにいて、言葉を受けとめ、ともにいる。
それだけでどれだけ多くの滋養がヨネ子の中に沁みてくるか。
先生の料理への向きあい方も時とともに変わってきたんだと思う。
小説家の書くものがその人自身であるように、
先生にとっての料理も先生自身の作品。
最高の素材を使って、最上の感覚を持つ料理人の腕で提供される料理。
若い頃の魯山人先生にとって、それは勝負だったのかもしれない。
でも今の先生は、ひとつの空間の中で、作った者と食べる者という関係で終わらず、食に向き合いながらお互いが創り上げる時間と心の動きを大切にしているように思う。
一期一会と言ってもいい特別な時間を共有したいと願っている。
ロックフェラー夫妻は、この魯山人の心がわかる本物の人間だった。
出されたものを心も舌も素直に受けとめ、五感を広げ味わう。その瞬間、瞬間に生まれた感覚を大切に生きている人たちに見えた。
ごはんの味は日本人の心そのもの。
時間による香りや味わいの繊細な変化にもしっかり向き合ってくれた。
心もお腹も満足し、寄り添って眠る夫妻を見ていると、こちらも笑顔になってしまったよ。自然なふるまい、それこそが先生の望みだもんね。
「質問があります。
なぜご飯を三回に分けたのですか?」
「最初にお出ししたのは、
はしりと言いまして、
生れたばかりの清いものです。
二番目のは、
さかりと言って働き盛り。
そして最後のは、
なごりと言います。
年齢を重ねたものです。
老いたご飯も味があって、いいもんでしょう?」
「ご飯の一生を頂いたのですね」
「老いも、またよし。
老いも死も恐れるものではありません」
お互いにとって美しく、特別な、忘れられぬ時間になったと思う。
疲れた先生を気遣い、食事を作る申し出をしたヨネ子だったが、きっぱりと断られてしまった。先生が食べるのは春子さん(中村優子)が作ったものだけ。
いなくなっても、それは変わらないのかなぁ。
松山さん(満島真之介)が年明けにはここを辞めると申し出た。
てか、松山さん、まだ居たんだね( ̄▽ ̄;)
子供も増えて生活のことを考えた末の結論らしい。
先生は申し訳なさを伝える言葉を遮り、帰らせた。
「長い間、ご苦労さんやったな。
うんっ、うん(咳払い)
下がってくれ」
やっと気づいたけど、先生の咳払いは高まる思いを抑えるため、涙をのみ込むためだったんだね(´;ω;`) 松山さんちの将太君の無邪気な姿が救いだったよ。
年末には先生を慕う者達が集まった。
手作り味噌を携えた田山さん、
松山さんと将太君、ヨネ子、
星岡茶寮時代からの弟子・浦田さん。
皆で年越しをして明けた元旦。
先生はそれぞれのお国の雑煮を作ろうと提案。
松山さんは岩手のくるみ雑煮。
浦田さんは讃岐のあんころ雑煮。
田山さんは越中の昆布タラ雑煮。
ヨネ子は熊本の具だくさん雑煮。
美味しそうじゃったね〜
そこに春子さんが登場。
ヨネ子さんが呼び寄せたらしい。
咳払いをしながら迎えた先生は
「よう来たな」と雑煮を勧めた。
そして始まった北大道魯山人作 狂言「食道楽」。
鼓の代わりに鍋の底。
「魯山人大名」と「心」「鼻」「胃」「目」「口」。
結構面白かったぞ。
でも先生、途中で走馬灯みたいの見始めて、目をつぶっちゃったから、このままあの世へ?( ̄▽ ̄;)とか思ったよ。生きてて良かった(笑
人の一生なんてつかのまの夢、狂言みたいなもんかもしれんね。
春が来て、夏が来て、秋になり、冬を迎える。
あっちゅーまだよ。
激しく生きた北大路魯山人。
でも今、心の中に残っているのは、
常に向き合ってきたかまどの火の黄金色、
養父母と味わった食卓の幸せ、
幼い頃に見て心奪われたツツジの燃えるような赤。
それが北大路魯山人という芸術家を作ったんだね。
みなそれぞれの場所に帰り、
先生はまた縁側で、ひとり日向ぼっこ。
『孤独になった先生は
たった一人で窯に向かわれ
火と対話される先生の姿は
鬼気迫るものだった』
先生は自分自身を奮い立たせるように
命の火を燃やそうとしたんだろうか。
芸術家として、あの赤を表現するまでは死ねないと。
先生は渾身の赤が表現された志野焼を、自分の作品を認め愛してくれた大山(尾美としのり)の家の前に置いて立ち去った。
感謝なのか、魯山人としての最期の矜持を示したかったのか。
ヨネ子の原稿が書きあがった。
読んだ先生はツッコミを入れつつも楽しみながら読んでいた。
「これでええよ、うん。
よう出来とる」
緊張から解き放たれ、ヨネ子貧血起こしそうやった( ̄▽ ̄;)
「ありがとうございます!」
「この北大路魯山人いう男、
おもろい人生歩いとる・・ハハ・・」
そこになんと国税局が踏み込んできた。
長年の所得税・物品税の未払いによる差押えだそうな。
「ええよ。
もう何でもみんな持ってけ!
この杖も持ってけ!!」
みんな持ってかれちゃって家の中、がらんどう。
いっそ清々するかも。
でも先生、隠しておいたという志野茶碗をふたつ出してきた。
「三歳の時に見た山ツツジの赤や」
「わぁ・・・ふふ・・・すばらしいです!
先生は美しいものを探すために生まれてこられたんですもんね」
家財道具や作ってきた作品がなくなってもご機嫌な先生。
しかしヨネ子が結婚すると聞くと、見たこともない顔になった。
帰りを催促する先生にヨネ子は申し出た。
「先生・・・
私にご飯を作らせてもらえませんか?」
「・・・・・・。
ええよ。頼むわ。
台所に転がってるさつまいもで、
お粥さん作ってや」
「はい!」
お米の白とさつまいもの黄色が柔らかく馴染んだ美味しそうなお粥さん。
あの志野茶碗に入れて頂きます。
ふたり並んで。
このお粥さんには先生とすごした時間、寄り添い合った心、愛情、すべてがこめられている。ともに過ごすこの瞬間は永遠や。
「『私が作り あなたが食べる』ですね」
「『あんたが作り 私が食べる』や。うん」
先生の咳払いが止まらない。
そしてヨネ子も咳払いしとる。
丁寧に洗って戻した茶碗を、先生は箱に入れてしまい、
しっかりと前に向き合ってヨネ子に差し出した。
「これな・・結婚祝いや。
持っていき」
「・・・・・・・」
そこにロックフェラー財団から郵便が届いた。
にゃんとニューヨークで北大路魯山人展を開催するので、Mr.魯山人を招待したいっていうのさ。費用はすべて財団持ち。
「いやぁ〜、そらあかん!
人の金で行ったら言いたいことも言えん!
あのな、『招待はお受けするが費用は私が工面する』
そう書いてくれ」
「アッハハ・・・はい!」
「よし、こら忙しくなるで〜
は〜い、へへっ・・・
わっしぃわっしぃわっしぃわっしぃ・・・」
死んでる暇はない( ̄▽ ̄;)
先生の中の「赤」が消えない限り、
先生は「北大路魯山人」と戦い続けるんだろうなぁ。
いや〜すごいドラマでした。
なんだか見ているこちらの心も洗われるような。
心地よい苦さ、清々する解き放たれ感もある。
北大路魯山人という非常に面倒くさい男。
時々見せる暴れ馬のような顔、
純粋さ、優しさ、闘志、さすらう魂。
コンプレックスという土を苦しみながらこねてきた男が、彼だけの美を求め続け作り上げた世界。
そんな彼と関わり、ともに生きる人々。
そのなにもかもが美しくて尊い。
キャストとスタッフの皆さんすべての仕事が素晴らしかった。
毎回静かに心揺さぶられました。
いい時間でした。
第1話 初夏編 の記事が書いてある「テレビ日記」
第2話 晩夏編
第3話 秋編

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いなくなっても、それは変わらないのかなぁ。
松山さん(満島真之介)が年明けにはここを辞めると申し出た。
てか、松山さん、まだ居たんだね( ̄▽ ̄;)
子供も増えて生活のことを考えた末の結論らしい。
先生は申し訳なさを伝える言葉を遮り、帰らせた。
「長い間、ご苦労さんやったな。
うんっ、うん(咳払い)
下がってくれ」
やっと気づいたけど、先生の咳払いは高まる思いを抑えるため、涙をのみ込むためだったんだね(´;ω;`) 松山さんちの将太君の無邪気な姿が救いだったよ。
年末には先生を慕う者達が集まった。
手作り味噌を携えた田山さん、
松山さんと将太君、ヨネ子、
星岡茶寮時代からの弟子・浦田さん。
皆で年越しをして明けた元旦。
先生はそれぞれのお国の雑煮を作ろうと提案。
松山さんは岩手のくるみ雑煮。
浦田さんは讃岐のあんころ雑煮。
田山さんは越中の昆布タラ雑煮。
ヨネ子は熊本の具だくさん雑煮。
美味しそうじゃったね〜
そこに春子さんが登場。
ヨネ子さんが呼び寄せたらしい。
咳払いをしながら迎えた先生は
「よう来たな」と雑煮を勧めた。
そして始まった北大道魯山人作 狂言「食道楽」。
鼓の代わりに鍋の底。
「魯山人大名」と「心」「鼻」「胃」「目」「口」。
結構面白かったぞ。
でも先生、途中で走馬灯みたいの見始めて、目をつぶっちゃったから、このままあの世へ?( ̄▽ ̄;)とか思ったよ。生きてて良かった(笑
人の一生なんてつかのまの夢、狂言みたいなもんかもしれんね。
春が来て、夏が来て、秋になり、冬を迎える。
あっちゅーまだよ。
激しく生きた北大路魯山人。
でも今、心の中に残っているのは、
常に向き合ってきたかまどの火の黄金色、
養父母と味わった食卓の幸せ、
幼い頃に見て心奪われたツツジの燃えるような赤。
それが北大路魯山人という芸術家を作ったんだね。
みなそれぞれの場所に帰り、
先生はまた縁側で、ひとり日向ぼっこ。
『孤独になった先生は
たった一人で窯に向かわれ
火と対話される先生の姿は
鬼気迫るものだった』
先生は自分自身を奮い立たせるように
命の火を燃やそうとしたんだろうか。
芸術家として、あの赤を表現するまでは死ねないと。
先生は渾身の赤が表現された志野焼を、自分の作品を認め愛してくれた大山(尾美としのり)の家の前に置いて立ち去った。
感謝なのか、魯山人としての最期の矜持を示したかったのか。
ヨネ子の原稿が書きあがった。
読んだ先生はツッコミを入れつつも楽しみながら読んでいた。
「これでええよ、うん。
よう出来とる」
緊張から解き放たれ、ヨネ子貧血起こしそうやった( ̄▽ ̄;)
「ありがとうございます!」
「この北大路魯山人いう男、
おもろい人生歩いとる・・ハハ・・」
そこになんと国税局が踏み込んできた。
長年の所得税・物品税の未払いによる差押えだそうな。
「ええよ。
もう何でもみんな持ってけ!
この杖も持ってけ!!」
みんな持ってかれちゃって家の中、がらんどう。
いっそ清々するかも。
でも先生、隠しておいたという志野茶碗をふたつ出してきた。
「三歳の時に見た山ツツジの赤や」
「わぁ・・・ふふ・・・すばらしいです!
先生は美しいものを探すために生まれてこられたんですもんね」
家財道具や作ってきた作品がなくなってもご機嫌な先生。
しかしヨネ子が結婚すると聞くと、見たこともない顔になった。
帰りを催促する先生にヨネ子は申し出た。
「先生・・・
私にご飯を作らせてもらえませんか?」
「・・・・・・。
ええよ。頼むわ。
台所に転がってるさつまいもで、
お粥さん作ってや」
「はい!」
お米の白とさつまいもの黄色が柔らかく馴染んだ美味しそうなお粥さん。
あの志野茶碗に入れて頂きます。
ふたり並んで。
このお粥さんには先生とすごした時間、寄り添い合った心、愛情、すべてがこめられている。ともに過ごすこの瞬間は永遠や。
「『私が作り あなたが食べる』ですね」
「『あんたが作り 私が食べる』や。うん」
先生の咳払いが止まらない。
そしてヨネ子も咳払いしとる。
丁寧に洗って戻した茶碗を、先生は箱に入れてしまい、
しっかりと前に向き合ってヨネ子に差し出した。
「これな・・結婚祝いや。
持っていき」
「・・・・・・・」
そこにロックフェラー財団から郵便が届いた。
にゃんとニューヨークで北大路魯山人展を開催するので、Mr.魯山人を招待したいっていうのさ。費用はすべて財団持ち。
「いやぁ〜、そらあかん!
人の金で行ったら言いたいことも言えん!
あのな、『招待はお受けするが費用は私が工面する』
そう書いてくれ」
「アッハハ・・・はい!」
「よし、こら忙しくなるで〜
は〜い、へへっ・・・
わっしぃわっしぃわっしぃわっしぃ・・・」
死んでる暇はない( ̄▽ ̄;)
先生の中の「赤」が消えない限り、
先生は「北大路魯山人」と戦い続けるんだろうなぁ。
いや〜すごいドラマでした。
なんだか見ているこちらの心も洗われるような。
心地よい苦さ、清々する解き放たれ感もある。
北大路魯山人という非常に面倒くさい男。
時々見せる暴れ馬のような顔、
純粋さ、優しさ、闘志、さすらう魂。
コンプレックスという土を苦しみながらこねてきた男が、彼だけの美を求め続け作り上げた世界。
そんな彼と関わり、ともに生きる人々。
そのなにもかもが美しくて尊い。
キャストとスタッフの皆さんすべての仕事が素晴らしかった。
毎回静かに心揺さぶられました。
いい時間でした。
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