猫の日 ばんにゃい♬きこりのテレビ日記 #26 2月27日(土曜日)

2021年02月24日

「ここは今から倫理です。」 第5話

 今回の主人公は人知れず自傷行為を繰り返してきた高崎由梨(吉柳咲良)と虐待の心の傷を抱え保健室登校している都幾川幸人(板垣李光人)。二人はゲームの話をきっかけに少し親しくなる。お互いに心の中では雄弁なのに実際にはコミュニケーションもたどたどしいし、うまく言葉にできない様子が印象的でした。HPはこちら

 由梨は自分の自傷行為についてこう考えている。
『別にかまってちゃんとか死にたいとか、そんなんじゃない。
この傷は・・・私が生きてきた証だ』

 彼女の母親は、ある宗教を信奉しており娘にも強要していた。
由梨の傷を見ても由梨の精神面や肉体面の心配よりも祭壇の前で「神様の宝物である身体を傷つけたことを謝りなさい」と命じていた。多分、小さい頃から由梨は神のための存在(肉体)であることを求められながらも抵抗する術がわからず、「自分」を確認するために傷つけてきたんじゃなかろうか。あの傷は自分を守って生きたいという戦いの記録でもあるんだと思う。

 一方、都幾川は心の病を患っていた母親に暴力を振るわれていため愛情に飢えていた。高柳(山田裕貴)は彼のことを気にかけ常に話しかけており、都幾川も懐いていた。しかし高柳は彼の距離感の近さに戸惑っていた。都幾川は心を許した相手にだけ赤ちゃん返りしたかのように甘えており、保健室の藤川先生(梅舟惟永)はそれを理解し母親のように彼を受け止め応えていたが高柳にはできなかった。

『声かけはこれからもします。
けれど触れ合うことはできません』

 高柳は恩師(第一話で出てきた大学生の頃の喫煙ルームに入り浸っていた教授と思われ)との会話を思い出していた。

『女に助けを求められた時、女に「愛が欲しい」と泣きつかれた時
高柳、お前ならどうする?
一番手っ取り早いのは、その女を抱いちまうことだ。
だが、それは明日の食費がない奴に500円玉をあげるみてぇなもんだ。
あさっては?しあさっては?
そいつは毎日飢えている。
教師なんかになったらそんなのが同時に5人も10人もいたりする。
高柳、こんな時我々が行うべき最高の善とは何だ?』


 人間としてではなく教師として何ができるか。どうすべきか。
高柳は全ての生徒に平等に接したいと考えていた。もし都幾川を抱きしめてあげたら、相手が女子に変わったとしても同じ対応をするべきだが、女子だとセクハラになってしまう。そもそも相手が男子でもセクハラは成立する。男子だと良くて女子だとダメでは教師として整合性が取れていないのでは?という考えらしい。

 授業後、例によって密着して絡めてきた都幾川の手を高柳が振りほどくと
ショックを受けた彼は走り去ってしまった。

『男子なら救える。女子では救えない。
対象が変わったら通用しなくなる救いなんて正しくない。
目の前の安易な救いに飛びついて救いたい側だけが満足する。
それは・・・救いたい側のエゴなのでは?』高柳
『体に触れることが心を癒すこともある。
高柳先生は目の前の生徒の救われたい、とにかく何かにすがりたいという気持ちよりも自分の中にある正しさを優先している。
それこそ、エゴなんじゃないの?』藤川

 難しい。エゴではあるけど、どちらも救いたいという気持ちから始まっている。
高校の頃、先輩と話したことがあります。捨て犬がいたとして一時エサをあげたり雨から守ってあげたとしても一生面倒をみられないなら関わるべきじゃないと先輩は言っていた。私はたとえ一瞬だとしても空腹から逃れ暖かい思いができるなら幸せなんじゃないの?と言った。犬に自分を投影していたのかもしれない。ちょっとこの問題とはズレているかもしれないけど『正しさ』では解決できない場合もあると思う。

 高柳と藤川先生が議論している場面を見た都幾川は自分を否定されたと思い、外に飛び出した。追いかけた高柳は対話を試みようとしたが彼が求めたものは違っていた。

私は、あなたの心を救いたい!
あなたにはいろんな可能性と才能が秘められている。
あなたは少し臆病なだけで、本当は何だってできる
すばらしい人間です!

『先生・・・先生・・・ギュッってして・・・』
『・・・・・』
『・・・・・ごめんね・・・先生・・・
そんな・・そんな顔させるつもりなかった・・
ごめんね・・先生』

 高柳は差し出された手を握ることもできなかった。
いや、しなかった。
「最高の善」とは何なのか。答えはまだ出ていない。

 一方、由梨の方は母親の宗教責めがスケールアップ。
息苦しさに耐え兼ねいつも以上に深く自分を傷つけ、ヤケになった彼女は倫理の授業中にもリストカットを決行。それに気づいた都幾川はパニックになりながらも必死で止めた。

誰かにやられている訳でもないのに?!
なんで?なんで?!なんで?!
』都幾川

 二人とも保健室に運ばれた。
目が覚めた都幾川は由梨の無事を確かめると彼女を強く抱きしめた。

『良かった・・・』都幾川
『ありがとう・・・本当に・・
心配してくれて・・・』由梨
『大切にして。
高崎さんの大切な体だから』
『私の・・体?』
『そうでしょ?』
『ごめんね・・・ごめんなさい・・・』

 「正しさ」よりも一瞬の感情に動かされた行動に救われることがある。
言葉よりもぬくもりに癒される時がある。立派な宗教の教義よりも都幾川の思いやりが由梨に自分の間違いに気づかせ心に深く響いた。

 何があったのかと尋ねた藤川に高柳はあったことを伝えてから答えた。

『さぁ、知らないです。
リストカットがどんなものかは知っている。
けれど彼女がしていたのは知らなかった。
知りようもないでしょう。
常に隠されていたから。
教えてくれなければ一生わかりませんよ。
我々は他人なのだから』
『分からないなら、知る努力しようよ』

『何のために?
半年かけて何度も何度も倫理について語りかけた。
正しいことが何なのか話続けたけど、それでも一瞬の心揺さぶる激情には勝てない。
私は彼らにとって、いらない存在なんですよ、藤川先生』
『私、あなたの考え方嫌いだわ』
『あなたみたいにおせっかいな人、僕は嫌いじゃない』

『なぁ、高柳、お前は人を救えるか?』

 泣き崩れる高柳。
『僕はどうするのが正しかったんですか?先生・・』

 『正しさ』が一番なのか。そもそも、人は『正しさ』に救われるのか。
高柳は頭で考えすぎているというか、人間同士の実際的な心の動きの交感よりも『言葉』に縛られているようにも思います。 高柳は「言葉」で都幾川や由梨を救おうとしたけれど、都幾川は「こころ」で由梨を救ったというか・・・私もだけど高柳もきっとまだまだ勉強中なのよ。悩み続けて、自分だけの答えを求め続けている一人の人間であり、教師なんだろうね。たまには『考えるな、感じろ』もいいのでは?

 授業の中で高柳は『心と体は区別できるのでしょうか』と話していたけど、心ってどこにあるの?と私は問いたい!(笑)心と魂の違い問題もあるし・・. (-ω-;)ウーン でも実感していることは身体は心であり心は身体なんじゃないかってこと。体が無ければ見ることもできないし感じることもできない。体を通して感じたことが心に反映されるというか、こころ(その人自身)を作るんじゃないのかな〜う〜む・・・ようわからん(-"-;) ??

 『ではまた・・・倫理の時間に会いましょう』

 『ここは今から倫理です。』 第1話  第2話 第3話 第4話 第6話



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