プレミアムよるドラマ 「徒歩7分」 第5回 私、今ためされてる?「怪奇恋愛作戦」 #5 闇夜の少年 前編

2015年02月06日

「イヴ・サンローラン」 2010年 仏 監督 ピエール・トレトン

 公私共にイヴ・サンローランの生涯のパートナーだったピエール・ベルジェによって語られる、
写真とインタビューで構成されたドキュメンタリーです。
2002年のイヴ・サンローランの引退記者会見を経て、2008年の告別式、そしてピエール・ベルジュ氏にとって「魂の一部」であり「人生の一部」であった美術品や家具が競売業者によって回収されていく場面から始まる。

 「運命の偶然」で出会った作品たち、それは単なる美術品ではなく、イヴと過ごした時間と思い出そのもののはず。
でも彼自身もこの時、70代後半。自分が亡くなった後のイヴの愛したものたちの行く末を考えた末の決断だったのでしょう。

「私は何も信じていない。
だからこそ”物”を信じたいのかもしれない。
だが生命のない美術品に魂はあるのか?魂など信じない。
自分の魂も、美術品の魂も」


 コム・アギルの音楽が繊細で美しく心に響き、
イヴとピエールの愛と苦しみを切なく彩ってくれます。
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1957年、ディオールの急死によりイヴ・サンローランは彼のメゾンの後継者となった。
その翌年、イブが初めてのコレクションを発表し成功をおさめた時2人は出会った。

 この頃の映像は「異常なほど内気」とピエールが言っていた通り、話し方もはにかんでいるようで、どここ弱弱しい雰囲気。
でもこの青年が偉大なクチュリエとして、たぐいまれな才能を華々しく開花させ始めたのは紛れもない事実だった。

 「雷に打たれたごとく恋の矢に射抜かれた」2人は共に暮らすようになる。
そして兵役で精神を病んだイヴを経営者がクビにしたのをきっかけに、
1961年、2人はブランド「イヴ・サンローラン」創設。
公私に渡る50年の関係が始まった。

 イブにとってピエールは恋人であり、家族であり、支援者であり、ビジネスパートナーだった。ピエールがそばにいてくれたからこそ、イヴはデザイナーの仕事に集中し、自由に自分の信じたものを創り上げることができたんだと思う。

 60年代〜70年代に写されたイヴの写真は本当に魅力的。
その表情に底知れぬ才能を感じさせるけどギラギラしていなくて、柔らかくて美しい布で包まれているように輝いている。

 イヴの住んでいたバビロン通りのアパルトマン、マラケシュの別荘、「シャトー・ガブリエル」と名付けたノルマンディにある家を丁寧に映しながら、映画は彼らの過ごした時代と2人の関係の変遷を伝えていきます。

 成功と栄誉を手に入れたイヴでしたが、それは激しい重圧と不安に苛まれる苛酷な日々の始まりでもあった。
元々鬱傾向のあったイヴは素晴らしいコレクションを発表しつつ、アルコールとドラッグに逃げ道を求めるようになっていく。

 80年代のイヴの写真には笑顔がない。沈鬱で苦しみが表情にもにじみ出ている。
スランプに陥ったイブは次第に引きこもるようになる。
神経症が悪化していったイブは表舞台から姿を消した。
後半のイヴの映像は明らかに精神の病を感じさせる。

「”名声とは幸福の輝かしき葬列”
まさにイヴを表している。そう、たとえ輝かしくても葬列なのだ。彼には苦痛だった。
名声が彼にもたらしたものは終わりなき苦痛のみ。
幸せそうな顔をしている彼を見るのは年に2回だけ。
コレクションの終わりに総立ちの観客が
拍手と喝采で迎える中ランウェイに出てくる時だ」


 イヴとピエールの関係は複雑で、イヴの苦悩を一番知りながら、ビジネスに徹しなければならない場面もあり、お互いに深い葛藤を抱えながら前に進む日々だったのでしょう。

「我々の代わりに芸術家が世の中を見る。ランボーの『賢者への手紙』のように。
”火を起こす者”のおかげで人は現実に触れられる。たとえ現実に身を焼かれても”」


 イヴの苦しみは時代に変革をもたらす偉大な芸術家としての運命だったのか。
90年代にアルコール依存症を克服したイヴは再出発しコレクションを発表しますが、
時代は変わりファッション業界に失望した彼は引退を決める。

 イヴのアパルトマンの部屋から、次々と絵画がはずされ、美術品が丁寧に梱包されていく。
すべてが運び出された空っぽになった部屋の明かりが消され扉が閉じられる。

 イヴ亡き後、一人でカフェに入り朝食を食べているピエールの姿は
どこにでもいるおしゃれで上品なおじいちゃんの風情。
そんな嵐の日々があったとはわからないでしょう。

 映画は「サンローラン・コレクション」が競売にかけられ落札されていくのを見届けるピエールの姿で終ります。
ドラマチックでありながら淡々と描かれる二人の愛の世界。
イヴ・サンローランはピエール・ベルジェの人生そのものだった。
ファッション知識のない私にも静かに心に染み入る映画でした。

usagi

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matakita821 at 21:29│Comments(0)TrackBack(2)映画 

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