「家族狩り」 第6話 最期の声「変身」 第3話 ドナー

2014年08月10日

「仕立て屋の恋」 ’89 仏 監 パトリス・ルコント

 上映は「髪結いの亭主」の後でしたが、その前に創られた作品です。
日本で公開されたのは1992年だから22年ぶりの再会でした。
見終わって、自分の好きなものを再確認したように思います。
残酷で美しいもの、そして異常さと純粋さが組み合わさったものに
わたしゃ惹かれる傾向があるんだな〜


仕立て屋の恋 [DVD]

 主人公の仕立て屋・イール(ミシェル・ブラン)は、まぁ、変態と言ってもいいでしょう。
外見もなまっちろくて不気味、冷酷とも取れるような無表情、禿げ上がった頭、
彼独自の美意識が伝わってくる整えられた服装、
他人と距離を取るために生まれた折り目正しい態度、
歩いているだけで伝わってくる、どこか奇異な雰囲気。

 彼は町の嫌われ者だ。
何をした訳でもないのに、朝、清潔なスーツで出勤しようとしたらどこかの窓から
チョークの粉が降ってくる。
近くで若い女性の殺人事件が起こり、皆、イールが犯人だろうと思っている。
刑事に指示され、目撃者のタクシー運転手の前で何度も走らされるイールを当然のように見ている。

 彼は他人に何も求めない。
本当の自分をわかって欲しいなど微塵も考えていない。
友達が欲しいとも思わない。
唯一のふれあいは仕事場で飼っているはつかねずみを籠から出してあげる時だけ。
その姿もかわいがっているのか、観察しているのか窺い知れない。
実際、その中の一匹を選ぶと布に包み、散歩の途中で川に捨てていた。

 そんな彼の至高の時・・・それは向かいのアパートに住んでいる美しい女性・アリス(サンドリーヌ・ボネール)を盗み見ること。
仕事から戻り、着替えをし、ベッドに寝転がって読書をしたり、食事をしたり、
恋人のエミール(リュック・テュイリエ)とたわむれたり、疲れて眠りに落ちる・・・
そんなアリスをただ見つめる。
美しい音楽を聴きながら・・・・

 この音楽がね〜ブラームスの『ピアノ四重奏曲第1番ト短調』を主題にしているらしいんだけど、
この映画全体を包むように流れており、切なく美しく彩ってくれる。


 彼女の部屋の灯りが消えた後も、余韻を楽しむように目を閉じ、窓辺から動かない。
イールにとってはアリスの存在こそが音楽そのもの。
美しく、知的で、優雅で、こころを満たしてくれる。
見ているだけで、いや、見ていることがすべてだった。
だが、ある雷の夜、暗がりから見ているイールの存在にアリスが気づいた時から
孤独で静かだったイールの人生が変わり始める。

 ここからはネタバレアリですよ〜
シネマ・クラシック〜仕立屋の恋


 自分が覗かれていると知ったアリスは、なぜかイールに接近する。
イールが帰宅する時間に部屋の前で待ち伏せし、階段の上からトマトを転がす。
トマトを拾っているアリスを衝撃と共に見つめるイール・・・
そのイールの視線を感じながら、ひざまずいてゆっくりと拾い続けるアリス。

 目の前のアリスをずっと見つめていたい・・
その衝動をふりきり部屋に入るイール・・・心臓バックバクさ〜

 その後もアリスはイールが覗いているのを意識しながら、今まで通り過ごし続ける。
わざと服を脱いで、窓から嫣然と微笑んでみたりする。
さらにイールの部屋を訪ねて来て、親しげに話しかけ、手を取ったりする。

 そんなアリスを「出て行ってくれ!」と追い出すイール。
でも、彼女が去った後、座っていたベッドに顔を寄せる。
彼女の匂いと同じ香水を買って、ハンカチに沁みこませると陶酔するように嗅ぐのでした。

 イールにとってアリスは女神のような存在。
肉体的な接触とか交際は望んでいないんだね。ま、嫌われもんだしさ。
ただ見つめていたい。
程よい距離でそばにいたい。
それが彼の愛し方。

 てか、アリスったらどういうつもり?
見られるのが好きな女性なのか?と思ったら、ちゃんと理由があった。
殺人事件の犯人はアリスの恋人のエミールだった。
事件の夜、殺した後もアリスの部屋に寄り、血の付いたコートを処理させていた。
その様子をイールが見ていたのか探ろうとしていたのさ〜
そして、エミールのために自分に近づいて来た事をイールもわかっていた。

 もちろん事件当夜もイールは見ていた。
警察に通報したらアリスも共犯になると思ったから黙っていた。
アリスからの誘いを受け、初めてのデートをしたイールはその事を話し、愛を告げた。

 いや〜サンドリーヌ・ボネールの清潔感ある魔性ぶりが印象的だよ。
自分を崇拝している男にキスをし、恋人のとなりで気づかれないようにイールの手を握る。
高まるイールの思いを感じて蠱惑的に微笑む姿が美しく香るよう。


 エミールと友人がボクシング観戦しているのを離れた場所から見守っているアリス。
その背後に立っていたイールの手が彼女の腕を撫で始め、さらにブラウスの奥へと入っていく。
黙って受けいれるアリスを見つめながら触れるイール。
この時、アリスとイール、二人だけの陶酔するような時間があったはず。
それでも、アリスが選んだのはエミールだった。

 さて、殺人事件を追っている刑事(アンドレ・ウィルム)は最初、性犯罪歴のあるイールが犯人と思っていたが、何とかエミールに辿り着きました。
ボクシング会場でも張り込んでいたんだけど逃亡に気づけなかった。

 この刑事もさ〜ちょっと変わっているんだよね。
遺体安置場に横たわっている被害者女性の写真を撮っていた。
検死の時ちゃんと写真も撮っていたから、これは自分用と思われ・・・

 エミールが逃げる時、窓が高いところにあるから、アリスの手を踏み台にして行くんだよね。
一緒に連れていってもらえると思ったのに、文字通り踏み台にして去っていくと言う・・・
アリスのこころの痛さが伝わってくるような演出でした。

 エミールに捨てられ打ちひしがれているアリスにイールは一緒に逃げようと切符を渡した。
「初めは愛してくれなくてもいい。待つよ。君のペースで愛せばいい。強要しない。
君を守ってあげる。信じてくれ。どこの誰よりも愛してみせるよ。私の人生を捧げる」

 う〜む・・・(ーΩー ) 
いくら激しく愛されても、愛していない男とは生きていけないのよ〜
わかっちゃいるけど、もうイールにはアリスのいない人生は考えられなかった。


 旅だつ前に線路ぎわにエサをばらまき、飼っていたはつかねずみを放つイール。
エサを食べている間に列車が来て、ねずみたちを轢いていくという算段でしょうか・・・
イールなりの始末のつけ方なんだよなぁ・・・

 約束の時間にアリスは来なかった。
疲れ切ってアパートに帰ってきたら、部屋の中には刑事とアリスがいた。
アリスが箪笥の中から被害者のバッグを見つけたと言って刑事を呼んだらしい。
じっとイールを見つめるアリス。
バッグを手に問い詰める刑事・・・・

「笑うだろうが・・・君を少しも恨んでいない。死ぬほどせつないだけだ。
でもかまわない。君は喜びをくれた」イール

 連行しようとする刑事を振り切って屋上に逃げたイールは、屋根の上へ。
滑り落ち、ヘリに捕まるも手がしびれ・・・
下では住民たちがイールを見上げております。

 落ちていくイールが最期に見たのは、窓辺に立って自分を見つめているアリスの顔・・・
地面で死んでいるイールの手にはアリスの香が付いたハンカチが握られていた。

 ちゃんと最期にアリスの顔を見るために、その上から落ちたんだよね。
裏切られた切なさはアリスへの愛の深さを体の隅々までいきわたらせたでしょうか。
「髪結いの亭主」もそうだったけど、イールもある意味、愛の極みで死んだのかねぇ・・・

 恋の切なさ、痛み、陶酔感・・・そんなものを久々に思いださせてくれた作品でした。
満足、満足・・・

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matakita821 at 17:43│Comments(2)TrackBack(2)映画 

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1. 仕立て屋の恋  [ 象のロケット ]   2014年08月15日 09:07
仕立て屋の中年イール。 彼の唯一の楽しみは、向かいの部屋に住む美しい女アリスを窓の隙間から覗き見ることだった。 ある日公園で殺人事件が起きる…。 ラブ・サスペンス。
2. 仕立屋の恋  [ のほほん便り ]   2014年08月21日 15:28
やはり、ルコント作品はイイなぁ… 官能的で、映像と音楽が美しく、いかにも仏映画って感じですよね。私は、ルコント監督の「仕立屋の恋」と「髪結の亭主」が好きです。あと、クシシュトフ・ キェシロフスキ監督の「トリコロール」シリーズもハマりました。言ってしまえば、

この記事へのコメント

1. Posted by 気儘な拘束   2015年10月09日 23:46
過度の純潔を守っていると、近所からは嫌われるし女からモテルる事もない。これを痛感させられた作品でした。
なにも悪いことはしていないのに、ただ不器用なまでに潔癖なだけなのに不幸のドン底に叩き落とされてしまう。人を愛するとは、そして人生とは全くもって皮肉なもんです。
要領良く生きて行きたいところですが、この要領というやつが不純を煮詰めた濃厚スープのようなものでして、潔癖症には到底受け入れられるものではありません。
まぁ、生きて行くのは大変なもんですな。




2. Posted by きこり→気儘な拘束さん   2015年10月10日 20:56
コメントありがとうございます。
>なにも悪いことはしていないのに、ただ不器用なまでに潔癖なだけなのに不幸のドン底に叩き落とされてしまう。人を愛するとは、そして人生とは全くもって皮肉なもんです。
そうですなぁ・・・生き方もそれぞれ。愛し方もそれぞれ。愛さないのもまた人生。
イールは自分の愛し方を貫いたと思います。
他人には理解されないけれど、彼なりの美学があった。
アリスへの愛が深まるにつれその愛し方も変化していきますが、ただ見つめるだけ、触れないからこそ純粋になる思いもあるように見えました。
イールはアリスに裏切られ傷ついたとは思いますが、むしろその傷を花束のように抱えて逝ったようにも思います。ホント、人と関わりながら生きていくとは難しいもんですな。

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