2014年03月04日
プレミアムドラマ 「拝啓 色川先生」
作家の伊集院静氏のインタビューを交え事実を元に創作されたドラマだそうな・・・
HPはこちら
1989年4月、伊集院は。ある競輪場で読んだスポーツ新聞でその人の死を知った。
60歳。突然の死だった。
その人とは、2年前に数日間共に旅打ち(旅をしながら博打を打つ)をした間柄だった。
『あの時、僕は先生と出会い、旅をし、別れた。
ただそれだけの事だった。
でも、ただ一緒に過ごした、あのかけがえのない日々がなかったら、
今頃・・・僕は・・・・僕は・・・』
ほんの一瞬袖摺り合ったような人・・・
でも、その人との出会いがなければ、自分は今生きていないかもしれない。
ともに過ごしたその時間は彼の人生の核となり、今でも心の中に温かく灯り続けている。
作家・色川武大。他に阿佐田哲也、井上志摩夫、雀風子の名を持つ。
私は『離婚』『恐婚』『狂人日記』を読んだかな・・・
突発的に眠気に襲われ幻覚・幻聴に悩まされる「ナルコレプシー」という病気を発症していたんだよね。
伊集院(村上淳)が色川先生(國村隼)に出会ったのは37歳。
その2年前妻・雅子を亡くし、酒におぼれ、仕事を失い、当座の金にも困窮している状態だった。
川原で穴を掘り、潜り込んで土をかぶり死ぬ真似事をしてみたけれど、死ねやしない。
本気で死ぬ気だったとは思えない。
死んだ体になってみて自分に変化が訪れるのか知りたかったんじゃないかな。
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1989年4月、伊集院は。ある競輪場で読んだスポーツ新聞でその人の死を知った。
60歳。突然の死だった。
その人とは、2年前に数日間共に旅打ち(旅をしながら博打を打つ)をした間柄だった。
『あの時、僕は先生と出会い、旅をし、別れた。
ただそれだけの事だった。
でも、ただ一緒に過ごした、あのかけがえのない日々がなかったら、
今頃・・・僕は・・・・僕は・・・』
ほんの一瞬袖摺り合ったような人・・・
でも、その人との出会いがなければ、自分は今生きていないかもしれない。
ともに過ごしたその時間は彼の人生の核となり、今でも心の中に温かく灯り続けている。
作家・色川武大。他に阿佐田哲也、井上志摩夫、雀風子の名を持つ。
私は『離婚』『恐婚』『狂人日記』を読んだかな・・・
突発的に眠気に襲われ幻覚・幻聴に悩まされる「ナルコレプシー」という病気を発症していたんだよね。
伊集院(村上淳)が色川先生(國村隼)に出会ったのは37歳。
その2年前妻・雅子を亡くし、酒におぼれ、仕事を失い、当座の金にも困窮している状態だった。
川原で穴を掘り、潜り込んで土をかぶり死ぬ真似事をしてみたけれど、死ねやしない。
本気で死ぬ気だったとは思えない。
死んだ体になってみて自分に変化が訪れるのか知りたかったんじゃないかな。
そんな時、友人の佐久間に会わせたい人がいると呼び出された雀荘に
その人はいた。
てか、その雀荘からすごく嬉しそうにスキップしながら出てきた男が通り過ぎていったぞ。
「先生に会うと、み〜んなああなっちまうのさ」佐久間
「・・・・・・・・・???」伊集院
『その人はお腹の上に行儀よく手を揃え、目を閉じていた』
「ったく、こ〜んな隙だらけで、たくさんの男を麻雀で殺してきたって言うんだから・・
頭ん中どうなってんのかね?」佐久間
眠っている先生を佐久間が起こし、紹介すると、先生はじーーーーっと伊集院を見つめた。
『大きな瞳だった。
初めてだった。こんなふうに人を見る大人に出会ったのは』
で、伊集院は先生と一緒に卓を囲んだ。
ギャンブルには人間性が出るんでしょうなぁ・・
『驚いていた・・先生の打ち方は美しかった。
ツキと論理の采配に身をゆだね、平然と打ち続けるものだった。
でも、それ以上に驚いたのは、ギャンブルの持つ独特な感情の棘のようなものが見えなかったことだ。
何というのだろう?
しがらみが外された柔らかな水の中で魚がじゃれあっているとでもいうような・・・。
それは先生の影響が大きい。
そんな気持ちを味わったのは久々だった』
「すごいな・・・」
伊集院は微笑んでいた。
私は麻雀もしたことないし、ギャンブルもやらないので想像するしかないんだけど、
地獄と天国を何度も往復して、行きつくとこまで行くと神の境地に達するのかね?
欲も得も見栄も越えて、純粋にのびのびと楽しめると言うか・・・
先生は麻雀の途中でも何度も眠りの発作に襲われ、その度に起こされていた。
雀荘を出て神楽坂までタクシーで送ったけど、降りた時にも紙袋を抱えてぼーーっと立っていた先生を伊集院は道に放置して去った。
『僕にはそういうところがある。
必要以上に他人に深入りしない。
そんな僕の生き方を変えたのが雅子だった』
雅子と出会ったのは彼女がまだ十代の頃。
伊集院は広告業界のヒットメーカーとして浮かれたように派手な生活を送っていた。
彼女との交際がバレて会社はクビになり、妻にも愛想をつかされ、仲間と思っていた連中は去って行った。
『博打と酒に明け暮れ、所構わず徘徊する僕を
雅子は何も文句を言わずに、いつも待っていてくれた。
雅子の異様なまでの信頼に僕は驚いていた。
自分はこれまで誰かを愛したことがあっただろうか・・・
これからって矢先、彼女はいなくなってしまった』
夏目雅子さん、本当に美しかった。
容姿だけでなく存在そのものの美しさが輝いていた。
それだけじゃなく、画面からは一瞬一瞬を燃え尽くすような覚悟が感じられた。
今でもスクリーンの中で生き切った彼女の鮮烈な姿が忘れられません。
そんな女性によって伊集院は光の中へ引き上げられたんだね。
でも、彼女を失ってその光を見失ってしまった。
雅子に感じた不思議な吸引力・・・それを先生にも感じたのかわからんけど、
伊集院はタクシーを神楽坂に戻し、先生を探した。
先生は寒風の中、公園にある椅子に座り、闇の中で何かを凝視しているようだった。
『あれほど人から慕われ、ユーモアに溢れた人が、
こんなふうに吹き溜まりの中で・・・』
二人で風が吹き抜ける中、煙草を吸った。
「伊集院君、あなたには私とおんなじ匂いがします」
慌ててコートの匂いをかぐ伊集院を笑った先生は旅打ちに誘ったのだった。
多分、伊集院という人は旅行に誘われてホイホイ付いていく人ではないと思うんだが、雀荘に居る時の座の中心にいる好々爺のような姿と、公園でのどこか暗澹としたような顔・・・そのギャップが気になったんだろうね。
伊集院の印象は邪魔にならないような人、でも掴みどころのない人、
そして心の奥に深い黒い沼を抱えているように見えました。
迂闊に関わるとその沼に引きずり込まれてしまうような。
旅打ち一日目。伊東温泉競輪場。
先生はすぐに眠ってしまったけど、次々と先生の知り合いが嬉しそうに集まってきました。
ホームレス、博打に浸かりきって生きているような男、博打の儲けでその日ぐらしをしているような男・・・
『先生の周りにはどうしてこういう人ばかり・・・と思う人が集まってきた』
そんな一人、派手派手なジャケットを見せびらかしながら男(モロ師岡)が芝居かかった感じで近づいて来たと思ったら金を貸してくれとせがみ、先生はあっさり持ち金を渡したのさ〜
「何ですか?あの男は」伊集院
「昔、芸人でした」色川
「あの手の連中は一度情けをかけるとつけあがりますから、もうよした方が・・・」
「伊集院君、僕はね、その人のいい部分にだけすがりつきます」
『何か、物事の浅い見方を先生にたしなめられた気がした』
競輪が終わればすることもない二人はビールケースに座り、少年がサッカーするのを見ていました。
ぼーんやりと何もない時間をおっさん二人が過ごしている。
先生と一緒にいることで、伊集院の心の波も穏やかになっている感じですかね・・
先生は小さな頃の話や学校を退学になった話、生きていくためにスリになろうとした話、それすらも才能がなくて諦めた話をしてくれました。
「他人ともうまく関われないし・・・博打場でしか世間の空気吸えなかった」
『先生のまとう不思議な空気のようなものに僕は次第に惹かれていった』
旅打ち二日目。
原稿執筆中の先生と離れ、一人で競輪に来た伊集院は心のタガが外れ、闇の中に沈んで行った。
『・・・悔やむのは、いつも後になってからだ。
先生と過ごす柔らかな時間が僕を油断させた』
路地裏で酔いつぶれていた伊集院を先生が探しに来てくれました。
「心配しましたよ。ご飯になっても帰ってこないから」
「先生・・すいません、め、迷惑をかけてしまって・・」伊集院
「ちっとも迷惑なんかじゃないです。何かあったんですか?」先生はコートについた吐しゃ物を拭いてくれております。
「・・・・・・・いえ・・・・別に。
ちょっと飲みすぎてしまって路上で寝てしまって・・」
「・・・・・・・それは極楽でしたね」
よろける伊集院を支えながら歩いていく先生・・
何だろうね、この優しさ。
優しさってどんなに抑えていてもその人の思いが感じられて、
それが煩わしかったりするけど先生の優しさにはそれが全くない。
赤ちゃんのように無心な・・・
だから伊集院も肩を預けられるし、いろんな人が先生のそばへ寄ってくるのかもしれん。
その頃、先生が書いていたのは「狂人日記」。
傑作だ、先生は不良少年だと讃える編集者の言葉を受けて先生は暗い目でつぶやいていました。
「いくつになっても不良少年・・・
落伍者のままでいたいですね・・
そうしてみっともないまま死ねたら・・・私の一生は成功です」
そして、編集者に伊集院のことを頼んでいた。
先生は伊集院に過去の自分の姿を重ねたていたんだろうか。
静かに見えるこの男の魂が焦げるようにのたうちまわっていることを知っていた。
救おうなんて思っちゃいないだろうけど、これ以上沈まないように手を掴んでいることはできると思ったのか。
旅打ち3日目。愛媛松山へ。
その夜、初めて先生は伊集院が書いた小説について触れました。
「おもしろかったです。今でも書いてるの?」
「いいえ・・・今はもう書いていません・・・・」
「どうして?」
「・・・・・・・・」
伊集院は会社をクビになった後、三篇の小説を書き、そのうちひとつが雑誌に掲載されたんだが、編集者には酷評され、
原稿料は安すぎるってんで、書くのをやめちゃったそうな。
「こんなふうに言うと、君は気を悪くするかもしれませんけどね、
私にはあなたの小説の良さがわかります。
どうです?相撲の申し稽古みたいに、小説を書く稽古をしてみませんか?」先生
「………先生・・・・・・・・
先生は誰からも愛され、たくさんの人の心を受け取ることができる特別な人です。
小説とは先生のような方が書くものだと思っています」伊集院
「・・・・・・・」
「私は、人を失望させるような生き方しかしていません。
生きる価値のある人間とそうでない者があるとしたら、どう考えても私は後者です」
「・・・・・・・」
「自分に生きる価値も見いだせない僕の書いたものに、
何の価値があるんでしょうか?」
「・・・・・・・」
「私には先生のような資質はありません・・・」
「・・・・ただ・・・私は、伊集院君が書く気になってくれればいいな・・と」
「しょ、小説は・・・書きません!」
「・・・・・ごめん・・・」
「すいません・・・」
そんな会話を交わした深夜・・・・伊集院が眠れずにいると・・・
隣の先生の部屋から苦しそうなうめき声が・・・
心配になって部屋の襖の隙間から声をかけると
先生は静かに襖を閉めてしまいました。
襖の前で立ち尽くす伊集院・・・・
旅打ち4日目。
起きたら、先生は主人と浜に出かけた後だった。
伊集院は主人が愛読しているという先生の小説『狂人日記』を初めて読んでみた。
『もし完全な狂人になって、正気を失ったまま日が送れたらどんなに楽だろう。
自分が自分のことを忘れることができたらすばらしいのだが。
自分は正気と狂気の間を行きかいながら、いつも自分の狂気のことを考える。
正気についても考える。
自分は自分の頭が壊れているという実感を大事にしている。
そうして、自分と他人の違いについても鋭敏になろうとする。
結果、自分は自分だけだという思いにすがるほかない』
昨夜、先生は苦しみながら自分の狂気と向き合っていた。
苦しみと共に狂気と正常を行ったり来たりしているうちに先生が到達した境地・・・
狂気も自分であり、狂気に怯えるのも自分。
その狭間で綱渡りのように両方の自分を見つめながら、生きていくしかない。
先生のあの優しさは仏様のように達観していたからではなく、
苦しみの果てに見えた人間たちが、まっさらで、みな愛おしく思えたからではなかったか・・・
伊集院は浜で飲んでいる先生たちに合流ししました。
ここでもチンチロリンをやるという・・・( ̄▽ ̄;)
『主人公の私は先生そのものだと思った。
社会になじめず、所詮孤独であると認めながらも、
それでも繋がりを求めてあがく。
そんな自分自身と先生は向き合っていた。
そういう生き方が、なんだかひどくまぶしかった』
「あら・・・寝てしもうた」主人
「そのままにしときましょう」伊集院
「先生はああして、よう寝られると聞くけど、何の夢を見られるんじゃろうかねぇ〜?」
「うーーーん・・・何でしょうね」
「ええ夢じゃろね・・ふふふ・・・
アンタ、先生のお弟子さんかね?」
「いいえ、友達・・・いや、弟子なのかもしれません」
「そりゃー幸せじゃねーー」
「はい!僕もそう思います」
「先生はわしらの宝じゃ。ほじゃけん、またおいで下さいや。
まっとるけ。いつまでも待っとるけ」
「はい」
伊集院も抜けたようだね。
何か先生の生き様に触れたことで、希望のようなものが湧いたのかもしれない。
『先生の安らかな寝顔を見たのは、それが最後だった。
先生はたくさんの友達に囲まれていた東京での生活に別れを告げ
なぜか北国の小村へと去って行った。
そこで心臓破裂であっけなく死んでしまった。
机の上にはまっさらな原稿用紙が開きっぱなしになっていたそうだ』
ラスト、古本屋で伊集院は先生の著作『狂人日記』を手にしていた。
『先生が死んでから3年。
僕は少しづつだが、本を書き始めていた。
大きく変わった点があるとしたら、あの先生との旅以来、
僕の中からどうしようもない気持ちが失せていたことだった。
先生は僕との旅の終わりと共にあの狂人の男を主人公にした物語を結び終えていた。
孤独のうちに自死する道を選んだ主人公は唐突にこんな告白をしていた』
『自分は誰かを愛せるだろうか。
誰かに愛されるだろうか。
自分は誰かとつながりたい。
人間に対する優しい感情を失いたくない』
「伊集院君」
気付くと本棚の影から先生が微笑みながら立っていた。
「先生・・・」
「全く、人間てのは始末が悪い」
伊集院もいつしか笑顔を返していた。
先生は小村で存在を消すようにきれいに死にたいと思ったのかもしれない。
でも、書くことで人と繋がりたいとという思いは捨てきれなかった。
狂った自分と留まろうとする自分、
耐えきれないほどの孤独とそれ故捨てきれない人間への思い、
その両方を見つめながら最後まで人間らしく逝ったんじゃないのかな。
しょうないな・・・と照れたように笑う先生が愛おしかった。
いいドラマでした。
國村隼さんの封じ込めた狂気、そしてその狭間でこぼれる柔らかな優しさ。
村上淳さんの静かな佇まいから伝わってくる魂の彷徨。
先生と伊集院、二人の関わりに焦点を絞ったのもシンプルで良かったと思う。
ちょっと伊集院さん本人のインタビューは私にはよくわからない部分が多かったけどさ・・・( ゞ( ̄∇ ̄;)オイオイ)
地上波でも放送して欲しいなぁ・・・
「狂人日記」を読み返すしかない!
前に読んだのは学生の頃だったけど、今読んだらまた違った思いが湧き上がるかも。
その人はいた。
てか、その雀荘からすごく嬉しそうにスキップしながら出てきた男が通り過ぎていったぞ。
「先生に会うと、み〜んなああなっちまうのさ」佐久間
「・・・・・・・・・???」伊集院
『その人はお腹の上に行儀よく手を揃え、目を閉じていた』
「ったく、こ〜んな隙だらけで、たくさんの男を麻雀で殺してきたって言うんだから・・
頭ん中どうなってんのかね?」佐久間
眠っている先生を佐久間が起こし、紹介すると、先生はじーーーーっと伊集院を見つめた。
『大きな瞳だった。
初めてだった。こんなふうに人を見る大人に出会ったのは』
で、伊集院は先生と一緒に卓を囲んだ。
ギャンブルには人間性が出るんでしょうなぁ・・
『驚いていた・・先生の打ち方は美しかった。
ツキと論理の采配に身をゆだね、平然と打ち続けるものだった。
でも、それ以上に驚いたのは、ギャンブルの持つ独特な感情の棘のようなものが見えなかったことだ。
何というのだろう?
しがらみが外された柔らかな水の中で魚がじゃれあっているとでもいうような・・・。
それは先生の影響が大きい。
そんな気持ちを味わったのは久々だった』
「すごいな・・・」
伊集院は微笑んでいた。
私は麻雀もしたことないし、ギャンブルもやらないので想像するしかないんだけど、
地獄と天国を何度も往復して、行きつくとこまで行くと神の境地に達するのかね?
欲も得も見栄も越えて、純粋にのびのびと楽しめると言うか・・・
先生は麻雀の途中でも何度も眠りの発作に襲われ、その度に起こされていた。
雀荘を出て神楽坂までタクシーで送ったけど、降りた時にも紙袋を抱えてぼーーっと立っていた先生を伊集院は道に放置して去った。
『僕にはそういうところがある。
必要以上に他人に深入りしない。
そんな僕の生き方を変えたのが雅子だった』
雅子と出会ったのは彼女がまだ十代の頃。
伊集院は広告業界のヒットメーカーとして浮かれたように派手な生活を送っていた。
彼女との交際がバレて会社はクビになり、妻にも愛想をつかされ、仲間と思っていた連中は去って行った。
『博打と酒に明け暮れ、所構わず徘徊する僕を
雅子は何も文句を言わずに、いつも待っていてくれた。
雅子の異様なまでの信頼に僕は驚いていた。
自分はこれまで誰かを愛したことがあっただろうか・・・
これからって矢先、彼女はいなくなってしまった』
夏目雅子さん、本当に美しかった。
容姿だけでなく存在そのものの美しさが輝いていた。
それだけじゃなく、画面からは一瞬一瞬を燃え尽くすような覚悟が感じられた。
今でもスクリーンの中で生き切った彼女の鮮烈な姿が忘れられません。
そんな女性によって伊集院は光の中へ引き上げられたんだね。
でも、彼女を失ってその光を見失ってしまった。
雅子に感じた不思議な吸引力・・・それを先生にも感じたのかわからんけど、
伊集院はタクシーを神楽坂に戻し、先生を探した。
先生は寒風の中、公園にある椅子に座り、闇の中で何かを凝視しているようだった。
『あれほど人から慕われ、ユーモアに溢れた人が、
こんなふうに吹き溜まりの中で・・・』
二人で風が吹き抜ける中、煙草を吸った。
「伊集院君、あなたには私とおんなじ匂いがします」
慌ててコートの匂いをかぐ伊集院を笑った先生は旅打ちに誘ったのだった。
多分、伊集院という人は旅行に誘われてホイホイ付いていく人ではないと思うんだが、雀荘に居る時の座の中心にいる好々爺のような姿と、公園でのどこか暗澹としたような顔・・・そのギャップが気になったんだろうね。
伊集院の印象は邪魔にならないような人、でも掴みどころのない人、
そして心の奥に深い黒い沼を抱えているように見えました。
迂闊に関わるとその沼に引きずり込まれてしまうような。
旅打ち一日目。伊東温泉競輪場。
先生はすぐに眠ってしまったけど、次々と先生の知り合いが嬉しそうに集まってきました。
ホームレス、博打に浸かりきって生きているような男、博打の儲けでその日ぐらしをしているような男・・・
『先生の周りにはどうしてこういう人ばかり・・・と思う人が集まってきた』
そんな一人、派手派手なジャケットを見せびらかしながら男(モロ師岡)が芝居かかった感じで近づいて来たと思ったら金を貸してくれとせがみ、先生はあっさり持ち金を渡したのさ〜
「何ですか?あの男は」伊集院
「昔、芸人でした」色川
「あの手の連中は一度情けをかけるとつけあがりますから、もうよした方が・・・」
「伊集院君、僕はね、その人のいい部分にだけすがりつきます」
『何か、物事の浅い見方を先生にたしなめられた気がした』
競輪が終わればすることもない二人はビールケースに座り、少年がサッカーするのを見ていました。
ぼーんやりと何もない時間をおっさん二人が過ごしている。
先生と一緒にいることで、伊集院の心の波も穏やかになっている感じですかね・・
先生は小さな頃の話や学校を退学になった話、生きていくためにスリになろうとした話、それすらも才能がなくて諦めた話をしてくれました。
「他人ともうまく関われないし・・・博打場でしか世間の空気吸えなかった」
『先生のまとう不思議な空気のようなものに僕は次第に惹かれていった』
旅打ち二日目。
原稿執筆中の先生と離れ、一人で競輪に来た伊集院は心のタガが外れ、闇の中に沈んで行った。
『・・・悔やむのは、いつも後になってからだ。
先生と過ごす柔らかな時間が僕を油断させた』
路地裏で酔いつぶれていた伊集院を先生が探しに来てくれました。
「心配しましたよ。ご飯になっても帰ってこないから」
「先生・・すいません、め、迷惑をかけてしまって・・」伊集院
「ちっとも迷惑なんかじゃないです。何かあったんですか?」先生はコートについた吐しゃ物を拭いてくれております。
「・・・・・・・いえ・・・・別に。
ちょっと飲みすぎてしまって路上で寝てしまって・・」
「・・・・・・・それは極楽でしたね」
よろける伊集院を支えながら歩いていく先生・・
何だろうね、この優しさ。
優しさってどんなに抑えていてもその人の思いが感じられて、
それが煩わしかったりするけど先生の優しさにはそれが全くない。
赤ちゃんのように無心な・・・
だから伊集院も肩を預けられるし、いろんな人が先生のそばへ寄ってくるのかもしれん。
その頃、先生が書いていたのは「狂人日記」。
傑作だ、先生は不良少年だと讃える編集者の言葉を受けて先生は暗い目でつぶやいていました。
「いくつになっても不良少年・・・
落伍者のままでいたいですね・・
そうしてみっともないまま死ねたら・・・私の一生は成功です」
そして、編集者に伊集院のことを頼んでいた。
先生は伊集院に過去の自分の姿を重ねたていたんだろうか。
静かに見えるこの男の魂が焦げるようにのたうちまわっていることを知っていた。
救おうなんて思っちゃいないだろうけど、これ以上沈まないように手を掴んでいることはできると思ったのか。
旅打ち3日目。愛媛松山へ。
その夜、初めて先生は伊集院が書いた小説について触れました。
「おもしろかったです。今でも書いてるの?」
「いいえ・・・今はもう書いていません・・・・」
「どうして?」
「・・・・・・・・」
伊集院は会社をクビになった後、三篇の小説を書き、そのうちひとつが雑誌に掲載されたんだが、編集者には酷評され、
原稿料は安すぎるってんで、書くのをやめちゃったそうな。
「こんなふうに言うと、君は気を悪くするかもしれませんけどね、
私にはあなたの小説の良さがわかります。
どうです?相撲の申し稽古みたいに、小説を書く稽古をしてみませんか?」先生
「………先生・・・・・・・・
先生は誰からも愛され、たくさんの人の心を受け取ることができる特別な人です。
小説とは先生のような方が書くものだと思っています」伊集院
「・・・・・・・」
「私は、人を失望させるような生き方しかしていません。
生きる価値のある人間とそうでない者があるとしたら、どう考えても私は後者です」
「・・・・・・・」
「自分に生きる価値も見いだせない僕の書いたものに、
何の価値があるんでしょうか?」
「・・・・・・・」
「私には先生のような資質はありません・・・」
「・・・・ただ・・・私は、伊集院君が書く気になってくれればいいな・・と」
「しょ、小説は・・・書きません!」
「・・・・・ごめん・・・」
「すいません・・・」
そんな会話を交わした深夜・・・・伊集院が眠れずにいると・・・
隣の先生の部屋から苦しそうなうめき声が・・・
心配になって部屋の襖の隙間から声をかけると
先生は静かに襖を閉めてしまいました。
襖の前で立ち尽くす伊集院・・・・
旅打ち4日目。
起きたら、先生は主人と浜に出かけた後だった。
伊集院は主人が愛読しているという先生の小説『狂人日記』を初めて読んでみた。
『もし完全な狂人になって、正気を失ったまま日が送れたらどんなに楽だろう。
自分が自分のことを忘れることができたらすばらしいのだが。
自分は正気と狂気の間を行きかいながら、いつも自分の狂気のことを考える。
正気についても考える。
自分は自分の頭が壊れているという実感を大事にしている。
そうして、自分と他人の違いについても鋭敏になろうとする。
結果、自分は自分だけだという思いにすがるほかない』
昨夜、先生は苦しみながら自分の狂気と向き合っていた。
苦しみと共に狂気と正常を行ったり来たりしているうちに先生が到達した境地・・・
狂気も自分であり、狂気に怯えるのも自分。
その狭間で綱渡りのように両方の自分を見つめながら、生きていくしかない。
先生のあの優しさは仏様のように達観していたからではなく、
苦しみの果てに見えた人間たちが、まっさらで、みな愛おしく思えたからではなかったか・・・
伊集院は浜で飲んでいる先生たちに合流ししました。
ここでもチンチロリンをやるという・・・( ̄▽ ̄;)
『主人公の私は先生そのものだと思った。
社会になじめず、所詮孤独であると認めながらも、
それでも繋がりを求めてあがく。
そんな自分自身と先生は向き合っていた。
そういう生き方が、なんだかひどくまぶしかった』
「あら・・・寝てしもうた」主人
「そのままにしときましょう」伊集院
「先生はああして、よう寝られると聞くけど、何の夢を見られるんじゃろうかねぇ〜?」
「うーーーん・・・何でしょうね」
「ええ夢じゃろね・・ふふふ・・・
アンタ、先生のお弟子さんかね?」
「いいえ、友達・・・いや、弟子なのかもしれません」
「そりゃー幸せじゃねーー」
「はい!僕もそう思います」
「先生はわしらの宝じゃ。ほじゃけん、またおいで下さいや。
まっとるけ。いつまでも待っとるけ」
「はい」
伊集院も抜けたようだね。
何か先生の生き様に触れたことで、希望のようなものが湧いたのかもしれない。
『先生の安らかな寝顔を見たのは、それが最後だった。
先生はたくさんの友達に囲まれていた東京での生活に別れを告げ
なぜか北国の小村へと去って行った。
そこで心臓破裂であっけなく死んでしまった。
机の上にはまっさらな原稿用紙が開きっぱなしになっていたそうだ』
ラスト、古本屋で伊集院は先生の著作『狂人日記』を手にしていた。
『先生が死んでから3年。
僕は少しづつだが、本を書き始めていた。
大きく変わった点があるとしたら、あの先生との旅以来、
僕の中からどうしようもない気持ちが失せていたことだった。
先生は僕との旅の終わりと共にあの狂人の男を主人公にした物語を結び終えていた。
孤独のうちに自死する道を選んだ主人公は唐突にこんな告白をしていた』
『自分は誰かを愛せるだろうか。
誰かに愛されるだろうか。
自分は誰かとつながりたい。
人間に対する優しい感情を失いたくない』
「伊集院君」
気付くと本棚の影から先生が微笑みながら立っていた。
「先生・・・」
「全く、人間てのは始末が悪い」
伊集院もいつしか笑顔を返していた。
先生は小村で存在を消すようにきれいに死にたいと思ったのかもしれない。
でも、書くことで人と繋がりたいとという思いは捨てきれなかった。
狂った自分と留まろうとする自分、
耐えきれないほどの孤独とそれ故捨てきれない人間への思い、
その両方を見つめながら最後まで人間らしく逝ったんじゃないのかな。
しょうないな・・・と照れたように笑う先生が愛おしかった。
いいドラマでした。
國村隼さんの封じ込めた狂気、そしてその狭間でこぼれる柔らかな優しさ。
村上淳さんの静かな佇まいから伝わってくる魂の彷徨。
先生と伊集院、二人の関わりに焦点を絞ったのもシンプルで良かったと思う。
ちょっと伊集院さん本人のインタビューは私にはよくわからない部分が多かったけどさ・・・( ゞ( ̄∇ ̄;)オイオイ)
地上波でも放送して欲しいなぁ・・・
「狂人日記」を読み返すしかない!
前に読んだのは学生の頃だったけど、今読んだらまた違った思いが湧き上がるかも。