イージー・ニャイダー春が来たよ

2011年04月01日

「TAROの塔」 最終回 芸術は爆発だ!

「だって岡本太郎はいるのよ、ここに。そうでしょ?
何で、いないなんて言うの?
今も一緒に戦っているのよ。
まだまだ岡本太郎はこの世界に必要なのよ。
だから、まだ、な〜んにも終わってないのよ」敏子

 多分、それは真実なんだろう。
太郎がこの世を去った時、共に見つめてきた聖火が消えていないことを確認した敏子は、
その火を一人で掲げていくことを決意したのだから。
戦うことは生きること、生きることは太郎と共にあること。
その思いは、敏子が、再び太郎に呼ばれるまで変わりませんでした。
HPはこちら

 さて、時代は第一回で太郎が大阪万博のテーマプロデューサーを引き受ける直前に戻りますョ〜
「アバンギャルドな芸術家」である太郎(松尾スズキ)が国家プロジェクトの万博プロデューサーを引き受けたのは、太郎の中では「危険な道」ってことで一貫性はあったんだけど、迷いはあったようです。

 「もし、コレが失敗したら、今度こそ岡本太郎は終わるかもしれないよ。
俺はそういうやり方でこれまでやってきたから、それでもかまわんが、
何も残らないお前が不憫だ・・・」
「あたしのどこが不憫なんですか?!」
敏子は太郎の胸ぐらを掴みましたぞ。
「岡本太郎を殺させやしませんよ。殺すなら、あたしが殺します!」
「敏子!もし、俺のやり方で万博をやり抜けば、あぁ、俺もやろう!
私も!ってヤツがわぁ〜って現れて幾何級数的に増えてくるだろう?
そういう日本を作りたいんだ!!」

 敏子(常盤貴子)は、太郎以上に「岡本太郎」になっていました。
岡本太郎といえども、いい大人です。責任もあります。
芸術的な衝動だけで行動する訳にはいきません。
 そういう何やかんやが一緒になった太郎の思いを敏子が受け取り、
浄化して、本来の「岡本太郎」のものに返して太郎に渡す。
敏子は太郎であり、太郎の中にはいつも敏子がいる。
だから、太郎は芸術家としてブレずに生き続けることができたんじゃないでしょうか。
美術手帖 2011年 03月号 [雑誌]美の呪力 (新潮文庫)対極と爆発 岡本太郎の宇宙 1 全5巻 第1回配本 (ちくま学芸文庫)

 1967年12月、万博協会会長である経団連会長坂崎康造(西田敏行)が、初めて太郎の塔と対面する日がやって来ました。
坂崎のジャッジによっては、全てはおジャンになる可能性もある。
テーマ課長で太郎番の栗原(正名僕蔵)の緊張もMAXですわ〜

 「何だ・・?この巨大なこけしは・・・」坂崎
関係者一同、ヒヤリ・・・・
マジマジと塔を見つめているこの沈黙がコワイ・・・

 んが・・坂崎の口元がほころび・・・ニヤリ。
「これさえあれば、もう万博は成功ですよ。
他には、もう・・何もなくてもいいワ。
いや、コレは、実にすばらしいなぁ!つい笑っちゃうね」
一気に緊張感がほぐれました。

「やられたね、太郎さん」丹下(小日向文世)
「向こうがやられたんだ」太郎

 影の総理と言われ、財界のドンとして恐れられている坂崎の中にある子供のような純粋な喜びを、太郎の塔は目覚めさせたのです。

 この塔は、太郎により「太陽の塔」と名づけられました。
太郎は、テーマプロデューサーとして、展示物の企画、協議、統括、予算の折衝と多忙を極め、敏子は一人で過ごす時間が多くなりました。

 図書館で調べ物をしていた敏子は、「夜の会」時代の友人と再会。
彼女は「今はただの文学好きの主婦」で敏子が羨ましいと言いながら、
世間で「税金の無駄使い」と言われている太郎の活動への失望と敏子の生き方への疑問を投げつけるのでした。

 自分が理解できないものや生き方への嫉妬なんでしょうが、彼女の言葉は、敏子が心の底に押し隠していた不安でもあったはず。

「あなたの事を縛りつけるだけで、奥さんにもしてもらえてないんでしょう?」
「そんなこと・・・思ってないもの」敏子
「じゃあ、あなたの幸せって何なの?
独身のまま子供も産まず、岡本太郎に尽くして、あなたにはいったい何が残るっていうのよ」

 一方、会長のGOサインは出たが、理事会でも太郎の企画への理解はなかなか得られなかった。
世間の風当たりは強く、敏子の不安は高まるばかり・・・
 んが、こんな大変な時に太郎さんは雑誌の連載を引き受けたのさ〜
「万博のお陰で書きたいことが溜まってるんだよ」

 そう言った後、太郎はアトリエの庭にある「太陽の塔」の模型の裏側に立ち、顔を書き足しました。
「もうひとつの太陽の顔・・・」敏子
「太陽にだって光もあれば影もある。
光が生きれば、影だって生きてくる。同じように影だって燃えてるんだよ」

 光があるからこそ影も生まれる。でも、影のない光は存在しない。
これは太郎からの敏子への感謝の言葉なんじゃないでしょうか。

 執筆に励む敏子の姿と「太陽の塔」が造られていく過程に
太郎が万博に賭ける「まつり」への思いが語られる場面は感動的でした。

 いや〜この時代に実際にこの目で完成したばかりの「太陽の塔」を見てみたかったなぁ。
そのとんでもない衝撃を体験したかった。

 完成した「太陽の塔」の前に立った敏子は涙を流していました。
「何に泣いてるんだよ」太郎
「だって・・ベラボーなんだもの。あんまりベラボーなんだもん」敏子
「そうか。そうか・・・そうか!なっ!いいだろ?!」太郎
「すごくいい!世界中探したって、こんな芸術ないわよ!」敏子

 1970年3月、大阪万博はついに幕を開けました。
これは大事件だよね。
日本全体がこのまつりに沸き立つものを感じたんじゃないのかな・・

 で、4月、万博反対派の青年が「太陽の塔」の目に立てこもるという事件勃発。
そのニュースを見て、喫茶店で反体制気取りの学生さん達が「太陽の塔」と太郎の批判を始め、そばにいた敏子は毅然とした態度で意見しましたぞ。

「ちゃんとその目で、見て下さい。
岡本太郎は万博を「国や企業の見本市」から普通の人間のまつりにするために戦ったんです。
そのために万博の腹の中に飛び込んだの。
中に入らなければ、なんにも変えられないでしょう?
たとえそれが燃え盛る炎の中であっても、にっこり笑って飛び込んでいくのが岡本太郎なんです。

でも、それは別に誰かのためにしていることではないから、
何を言われても平気だけど、これだけは言わせて下さい。
岡本太郎は天才です!
だけど、産まれた時から天才だった訳じゃないの。
苦労して、努力して、苦しんで、もがいて、岡本太郎になったの。
だから、あの人は他人になんか絶対に屈しません。
どうか、それだけはわかって!
あとは・・好きなよ〜に岡本太郎を見て下さい」

 d(ェ*) すばらしい!

 183日間開催された万博は終了し、1975年、「太陽の塔」は万博記念建造物として保存されることが決定しました。
万博以後、岡本太郎はマスコミの寵児となり、TV出演も増え、その顔と「芸術は爆発だ!」のフレーズは人々の心に焼き付きました。

 名フレーズが生まれる経緯は、おもしろかったですねぇ・・
その言葉は太郎そのものなんだけど、敏子が引き出さなければ
こうやって残らなかったかもしれない。
太郎自身も気づかない太郎を、敏子は精力的に作っていったんですね。

 画面からはみ出すようなインパクトのある存在感にギョッとなったあのCMは、私もよく憶えています。
失礼ながら、ちょっと壊れかけのおじさんか?とすら思いながらも、
心の中にドキドキするようなざわめきを感じました。

 そんなビジュアルの奇妙さばかりが目立って、太郎が本当に伝えたい事が伝わらないのではないか・・と、敏子は危惧するのですが、太郎的にはノープロブレムでした。

「それでいいんだよ。
普通に伝わるってことは何も残らないってことだ。
伝え方は生き方だ。生き方こそが芸術だ。
俺がTVに出るっていうことは、俺の作品を作るのと同じことなんだよ。
だから、こうやって原色を使う(あの目を見開いた太郎ポーズを)」太郎
「『何だこれは?!』って思わせるのね」敏子

「そうだ。敏子の言った通りだよ。
ピープルに影響を与えてこその岡本太郎だ。
バカと言われようが、道化と言われようが俺はかまわん。
そっから、何人かは本質にたどり着くだろう。
そのための生贄になるんだ。
血を流しても、にっこり笑ってみせるんだよ。
それが岡本太郎の戦いだ」太郎

 太郎はついに「岡本太郎」を極めましたね。
若き日にあんなに焦がれた芸術を、太郎は食らいつき、咀嚼し、自分のものとした。
芸術は太郎であり、太郎が生きることが芸術・・・すごい言葉です。

 その後も創作意欲の枯れない太郎でしたが、パーキンソン病を発症し、自由に手足を動かせなくなり、筆を握ることさえ難しくなった。

「俺が岡本太郎じゃなくなったらどうする?」
「その時は、私が殺してあげます。
大丈夫、体が動かなくなっても、声がでなくなっても
岡本太郎の中にある神聖なる火は消えてないでしょう?
私も消さないから。一緒に戦いましょう」敏子

 1990年、太郎の病状はかなり進行しており、敏子の介助なしには移動も困難になっていた。
そんな中でも敏子は太郎をTVに出演させ続けた。
しかし、途中で歌詞を忘れて、いつもの「わぁ!!」というポーズを繰り返す太郎の姿は奇異に映り、丹下から「あんな太郎さん見せないでくれよ。岡本太郎はもっと尊敬されていいはずだ」という電話が入る。

 「TVに出ることも岡本太郎の創作なんです」
と言いながら、部屋に戻ってお酒を呷る敏子・・・
敏子の心は激しい葛藤で苦しんでいたはずです。
肉体的には表現しきれなくても、太郎の心の中にある聖火は
燃えて、出口を求めているはず・・・
絵で表現できないならば、その生きる姿を見せることで「岡本太郎」であり続けたい。

太郎さんもそう望んでいるはず・・それとも、それは間違っているのか・・
「岡本太郎」の半身である敏子と、太郎という一人の男性を愛した敏子がせめぎ合っていたんじゃないでしょうか。

 その後、太郎はほとんど動けなくなり声も出せなくなった。
それでも弟子たちは「岡本太郎」の作品を創り続けた。
作業を見つめる太郎の微妙な表情から太郎の意志を読み取り、指示を伝える敏子。
 太郎になり代わったように細かく指示する敏子に、若い弟子は不満を顕わにするのですが、敏子は必死だった。

『私たちは戦い続けた。
だけど太郎さんは、そのうち、目をあけていることもできなくなった』

 アトリエを閉め、たくさんいた弟子たちも去っていった。
眠り続ける太郎の火は、もう消えたのだろうか・・・

 敏子が太郎の首を絞めると、苦しげな声を出していたのに、
いつもの「わぁ!」「わぁ!」を繰り返し、手を広げようとする太郎・・
太郎は最後まで「岡本太郎」として戦い続けた。

「もういいから・・もう消して・・・」敏子
安心したように目を閉じた太郎に頬ずりする敏子・・
太郎が「岡本太郎」であることを終えた時、敏子はやっと女性としての愛情で彼に触れることができたんじゃないでしょうか。
太郎と共に「岡本太郎」を生き、最後には女性として彼を抱きしめることができた岡本敏子という女性は、幸せだったと思います。

 この場面の前に、辞めていく弟子の一人が、「太陽の塔」の裏に描かれた顔はかの子なのかと尋ねたら否定しなかったという太郎との会話を敏子に伝える場面がありました。

 こんな身近で二人を見ていた人間にも太郎と敏子の不思議な絆は理解されなかった・・・
でも、それでいい。
私は理解されないことは寂しいことだと考えてきたけれど、
理解なんてクソくらえ!と言いたい(オイオイ、大丈夫か?)
戦い続けた二人がいた、そして、その結果すばらしい作品がたくさん残り、今も人々の心に爆発を起こさせてる。

 終わってしまったのに、私の心の中はいつまでも泣きたいように波立っています。
すごいドラマでした。音楽も忘れられません。

 このドラマは、岡本太郎という何ともキテレツな芸術家の生きざまを見せてくれましたが、同時に岡本敏子という強く激しい愛を生き切った女性の物語でもありました。
太郎を語ることが敏子の物語になり、敏子の物語が太郎を表現している。
もっと二人の事が知りたい、そして太郎の作品を見たくなりましたョ〜
 第一回 太陽の子
 第二回 青春のパリ
 第三回 戦友

sakura
気合が入りすぎちゃって、いつも以上に長くなった記事を最後まで読んでくださってありがとうございます。
私の太郎熱はしばらく続きそうです・・・(;´д`)ゞ

このエントリーをはてなブックマークに追加
matakita821 at 21:47│Comments(14)TrackBack(4)「TAROの塔」 

トラックバックURL

この記事へのトラックバック

1. 土曜ドラマ「TAROの塔」  [ 気まぐれWalker ]   2011年04月03日 06:12
  戦後日本を代表する芸術家、岡本太郎の生誕100年を記念 して彼の波乱万丈の人生を描いたたドラマ「TAROの塔」を ドラマ化。岡本太郎役には、劇団『大人計画』主宰の俳優で、 脚本・演出家でもある松尾スズキを抜擢。 製作会見で松尾 は 「『芸術
2. TAROの塔 最終回  [ のほほん便り ]   2011年04月04日 08:24
「芸術は爆発だ!」… 知りませんでした。たぶんに、ドラマ的・誇張か創作だったのかもしれませんが、 この有名な語は、敏子(常盤貴子)が、太郎(松尾スズキ)の台詞や仕草から引き出し、磨きをかけたパフォーマンスだったんですね。 してみると、敏子は太郎にとっ
3. [ドラマ]TAROの塔 第四回 「芸術は爆発だ!」  [ 日々の書付 ]   2011年04月09日 00:31
TAROの塔 第四回は太郎さんの後半生、万博プロデューサーに就任し、忙しい日々を送る太郎さん。 一方、敏子さんは生身の愛憎を捨てたとはいえ、まだ自らの生き方に不安を感じることも。 そんなとき、太郎さんはこう言うんです。 お前は、岡本太郎のシャーマンだろう?
4. TAROの塔  [ Akira's VOICE ]   2011年04月15日 15:51
最終回の感想 

この記事へのコメント

1. Posted by Largo   2011年04月02日 01:50
こんばんわ。

>太郎は最後まで「岡本太郎」として戦い続けた。
その太郎を愛し、支え続け、ともに戦い、「岡本太郎」を創り上げた敏子。

>すごいドラマでした。音楽も忘れられません。
美輪さんの唄とともに、何とも言えない感動を・・・いや、何だろう、感情の動きを感じた、とでも言うのでしょうか、いや、やっぱり感動かな?(汗)

>いや〜この時代に実際にこの目で完成したばかりの「太陽の塔」を見てみたかったなぁ。
実は見ているんです。近所だったので。
異様でした。今でも異様ですが。
万博、という国が開催する催しに、よくこんなものを創ることが許されたなぁ、とガキンチョながら思ったことを覚えています。←生意気な子供でした;;
異様に感じた理由をドラマを見ながら改めて探っていたのですが・・・何か、引力、重力に逆らったかのような・・・このようなものが地球上にあっていいのか、といったような印象は、受けたように思います。

BSプレミアムで放映されたドキュメンタリー「太郎と敏子 〜瀬戸内寂聴が語る究極の愛〜」を見て、実在した岡本太郎と敏子、という人物に新たな興味が沸くと同時に、この二人の長い軌跡をよくあんな風にドラマにできたなぁ、とも思いました。

本当に太郎さんから呼ばれたんですね、敏子さんは・・・
2. Posted by きこり→Largoさん   2011年04月02日 17:58
>何とも言えない感動を・・・いや、何だろう、感情の動きを感じた、とでも言うのでしょうか、いや、やっぱり感動かな?
なんか「感動」って書くと違うような気もするんだよね(笑
なんなんだろう・・?不快感も混じったざわざわなのかな?特別な感覚だと思う。
あの敏子がエキサイトする時の音楽とか、オープニンの曲とか、かの子と幼い太郎が一緒にいる時のノスタルジックな曲、全部好きでした。
サントラでないかな〜
>よくこんなものを創ることが許されたなぁ、とガキンチョながら思ったことを覚えています。←生意気な子供でした
((*´∀`*))ホントにね。
よく国家プロジェクトとして通りましたよね。
日本人ならもっと無難で安全な作家を使うように思うんだけど。時代もあるのかな?
太陽の塔、実際に見るとへんてこりんなんでしょうね。元気なうちに早く対面したいですよ〜
>BSプレミアムで放映されたドキュメンタリー「太郎と敏子 〜瀬戸内寂聴が語る究極の愛〜」
録画して見ましたよ〜
ドラマは人間敏子のテイストをすごくうまく抽出して作ってるな〜と思いました。
本当に敏子さんにとって岡本太郎というのは神でありアイドルであり、恋人であった一生を賭けた相手だったんですね。
そういう複雑な思いが反映されたうまい脚本でしたよね。
3. Posted by くう   2011年04月03日 00:20
>終わってしまったのに、私の心の中はいつまでも泣きたいように波立っています。
すごいドラマでした。音楽も忘れられません。

私はBSで見損ねて、さっき地上波で見た〜(ノ_-。)
見たばかりだからと言うのもあるけど、まさに波立ってるよ。
本当に素晴らしいドラマだった。
もう。。。NHKの底力爆発だよね!

音楽がとにかく素晴らしかったわ。
この演出力。。。凄すぎる。

岡本太郎の芸術的素晴らしさっていうのは実は今だに解らないんだけどね^^;
その人生は燃えてたってことは解ったよ。

こんなドラマ、なかなか見れないよね!
またこのスタッフが作ったドラマに出会いたいわ〜。
4. Posted by やっくん   2011年04月03日 06:15
初めまして!
「TAROの塔」いいドラマでしたね(^_-)-☆
松尾スズキの岡本太郎、常盤貴子の敏子、
寺島しのぶのかの子、名演技でした♪
5. Posted by きこり→くうさん   2011年04月03日 10:47
>本当に素晴らしいドラマだった。
もう。。。NHKの底力爆発だよね!
コレはNHKだからこそ作れた、すばらしい作品だったよね。
脚本も、音楽も、キャスティングも完璧だったわ〜
>岡本太郎の芸術的素晴らしさっていうのは実は今だに解らないんだけどね^^;
私もわからんよ(笑
でも、ドキュメントで岡本太郎美術館の中がちらっと見えたんだけど、ゴツゴツして、キテレツ感のあるおもしろそうなものばっかりだった。
ああいう訳わかんないけどパワーを感じるのって好きだにゃ〜
>またこのスタッフが作ったドラマに出会いたいわ〜。
だね〜!
今度はどんな衝撃を与えてくれるんだろう?
楽しみだよ。
6. Posted by きこり→やっくんさん   2011年04月03日 10:50
初めまして。
コメントありがとうございます。
本当にすごいドラマでしたよね。
前4回夢中で視聴しました。
前半は寺島しのぶさんのかの子、後半は敏子と太郎にやられました。
最初は松尾スズキさんってどうなんだろう〜?(イメージが・・笑)って思ってたのですが、今じゃ太郎にしか見えない。
幼少児の太郎を演じた子もうまかったですよね〜
7. Posted by 凛太郎   2011年04月03日 21:56
昨日第4回を見ました。
本当に凄いドラマでした。
僕は今年で50歳になりますが、もしかすると今後の人生が変わるかもしれないと思うほどの衝撃がありました。
最終回を見る前に、昨日の午後青山の岡本太郎記念館を見てきました。
プログにアップしましたので、宜しかったら御覧ください。
8. Posted by なつみかん   2011年04月04日 13:00
はじめまして〜!
TAROの塔の興奮さめやらず、あちこちのブログにおじゃましているうちにこちらにもたどり着きました。
あらすじを追いながらも感想もすごく上手にまとめられてあって、こちらを読んでまたグッと来てしまいました・・・。
まだまだしばらくひきずりそうです〜。

一応の感想はこちら…
http://blog.ochamikan.com/oboegaki/2011/04/taro%E3%81%AE%E5%A1%94.html
9. Posted by きこり→凛太郎さん   2011年04月04日 14:09
>本当に凄いドラマでした。
スゴイドラマでした。
見た者の心に爆発を起こさせるような、
観終わって、何日も経つのに、興奮が冷めない感じです。
>もしかすると今後の人生が変わるかもしれないと思うほどの衝撃がありました。
何となくわかるような気がします。
私も、とんでもない衝撃をうけたのだけはわかります。
どの登場人物も激しすぎて、自分のような凡人とは
かけはなれた存在なんですが、人間として強い波動を感じたというか・・・
私もしばらく太郎熱が続きそうですよ。
10. Posted by きこり→なつみかんさん   2011年04月04日 14:12
コメントありがとうございます。
>TAROの塔の興奮さめやらず
わかります。私もまだ心が震えたままって感じです。
敏子の生き方、太郎の生き方、そしてかの子・・・
どのキャラクターも強烈で、そして魅力的で・・
久しぶりに深く響くドラマに出会えたって感じです。
何度見てもすごいドラマですよ〜
11. Posted by 川本   2011年04月04日 21:04
最後まで面倒臭いドラマでした(褒めてます)
すっとぼけた会話、歌と踊り、どストレートな演出に満足です。
クドいけど(; ̄∀ ̄) このカタチでしか表現できない。
零れ落ちる孤独を包む敏子さんに魅了されました。
しかし、最後に全部持っていく常盤さんw
美しいし可愛いし怖いし(?)非常にオイシかったです。
土曜ドラマらしい見所多い作品でした。
オヤジ俳優の老けメークは面白すぎ(失礼)
12. Posted by きこり→川本さん   2011年04月05日 21:07
>最後まで面倒臭いドラマでした(褒めてます)
いや〜なかなかこんなめんどくさい内容をドラマ化しようなんて思わないですよ〜
下手したら、大やけどですもんね。
トンデモドラマ的な部分も合わせて、ズシンとくるドラマでした。
>しかし、最後に全部持っていく常盤さんw
一緒に見てた娘は、ラストの常盤さんの場面が
『なんかコワイ!』って言ってました(笑
ホント、NHK『土曜ドラマ』らしい心に残る作品でした。
13. Posted by くう   2011年04月10日 16:04
いつもお世話になっております!
「見取り八段」のくうでございます。
急場なためコメントもコピペですいません〜(ノ_-。)

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、この度、楽天ブログの改悪に伴い
ブログのお引越しをさせていただきました。

新ブログにお引越しいたしましたので、そちらから新たにトラバさせていただきます。

また、大変お手数で申し訳ありませんが、リンクの方の変更もよろしくお願いいたします。

「ドラマ@見取り八段・実0段」
http://doramablo.blog59.fc2.com/

です。
今後もなにとぞよろしくお願いいたします!
ひとまず、簡単にご挨拶まで〜。
14. Posted by きこり→くうさん   2011年04月10日 19:09
なんかTB廃止になったって書いてらしたもんね。
無事、お引越し完了お疲れ様です。
お知らせありがとう〜!!
これからもどうぞよろしくねん((*´∀`*))

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
イージー・ニャイダー春が来たよ